都営大江戸線新宿西口駅

E01a ここが光が丘駅からの大江戸線の最後の駅です。次の終着の都庁前はすでに一度通っています。
上の写真はD5番口の歩道からの南向きで、前後は新宿西口駅前通り、左右は青梅街道です。
この交差点の下から向うへの地下4階がホームです。
交差点の右方向には新宿副都心の超高層ビル群が聳え、左方向はすぐJR線のガードです。
駅前通りの右側は看板とネオンのビルが並びますが、左側は低層家屋の新宿西口商店街で、その向うは新宿駅西口のある小田急デパートです。
下の写真は横断歩道を渡った新宿西口商店街の思い出横丁の入口です。このすぐ左のJR線沿いにはやきとり横丁の入口もあります。
この一帯は戦後の闇市の名残の街で、何度も再開発の計画がありましたが実現せず今に至っています。
横丁内は一杯飲み屋が多く、入口左の店はまだ午前中でしたが営業中でした。
この路地の奥には東口へ抜けるトンネルもあり、歌舞伎町や新宿三丁目とは一味違う新宿を楽しめる一画になっています。
E01b

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都営大江戸線東新宿駅

E02a 上の写真はA1番口を出た歩道からの東向きで、前後は職安通り、左右は明治通りの交差点です。
この前後の地下3階に大江戸線ホームが、ここから左の地下6階に開通したばかりの副都心線ホームがあります。
交差点周辺には新しい高層のマンションやホテルが建ち並びます。
駅名は東新宿ですがここは新宿の北東の端で、職安通りの左側(北)にはアジア系住民の多い下町の大久保が広がります。
下の写真は交差点の対角点にあるA2番口からの南向きで、交差点の南西は大きな駐車場になっています。
右側のビル群は明治通りに面したビルの裏側です。
ここは昔の日本テレビの跡地で大江戸線、副都心線の駅ができて便利になったことから再開発が予定されています。
巨大な繁華街の新宿でここだけが人影が少なく「新宿のチベット」と呼ばれた地区ですが、数年後には生まれ変わることになります。
E02c

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都営大江戸線若松河田駅

E03a 上の写真は抜弁天通りのT字路の若松交差点の東向きで、左端のマンションの1階に河田口があります。
この通りの左(北)側が新宿区若松町、右(南)側が新宿区河田町で駅名はこの2つの地名を併せています。
この交差点から後方(西)の地下3階にホームが伸びており、100m後方の右手に若松口があります。
若松口の裏側には小倉藩の殿様だった小笠原伯爵邸があり、今は結婚式によく利用される高級レストランになっています。
T字路の右折の道を150m進むと東京女子医大病院の古めかしい本館です(下の写真)。
この周辺一帯は女子医大と付属病院の施設が建ち並びます。
吉岡弥生女医が明治33年に創立したこの東京女子医大は今も女学生だけの医大ですが、付属病院には男性の医者もたくさんいるようです。
小笠原伯爵邸側の若松口にはエレベータがありますが、病院へのアクセスの河田口は長い階段を歩かなければなりません。
本館の左横に新宿駅からのバスターミナルがあるので、階段がきつい外来患者はバスの方がいいようです。
E03b

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都営大江戸線牛込柳町

E04b 上の写真は西口近くからの大久保通りの東向きで、下り坂の通りは150m先の市谷柳町交差点から上り坂になります。
かってこの交差点は窪地にあるので排気ガスのスモッグが溜まるとして、公害問題で騒がれたことがあるそうです。
この後方から坂下の交差点までの地下3階にホームがあり、右後方の路地内に西口、左から2番目のビルの1階に東口があります。
西口はお寺の一画で駅前には何もないですが、路地を奥に進むと牛込原町小跡地の幼稚園と成城中・高です。
東口は裏通りにも通じており店舗がいくつか並んでいます。
下の写真は市谷柳町交差点からの外苑東通りの南向きです。
外苑東通りはこの交差点を挟んだ数100mだけが2車線なので現在、道路拡幅計画が進んでいます。
右側の道路奥に新築の高層マンションが並んでいますが、この線が拡幅後の道路位置になります。
計画には長期間要するのを見込んで、新築マンションの前に低層建築を歩道まで拡張して営業している店もありました。
E04d

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都営大江戸線牛込神楽坂駅

E05a 上の写真は改札口にある北町口のA2番口からの大久保通りの西向きです。駅名が牛込神楽坂ですが賑やかな神楽坂とは異なりここは閑静な住宅地です。
右端の低層ビルはこの周辺では唯一の店舗のスーパーのキッチンコート神楽坂店で、1つマンションを挟んでの三角屋根のビルはA1番口のある新宿区の牛込箪笥町公民館です。
通りの左側には大型マンションが並びますが、この裏通りは両側とも狭い道の低層住宅街です。
新宿区は戦前の牛込、四谷、淀橋の3区が合併したものですが、牛込箪笥町公民館は牛込区役所があつた場所です。
箪笥(たんす)町は江戸時代に幕府の武器を扱う町だったことに由来しますが、他にも細工町、二十騎町、納戸町、払方町など幕府の御用を承ったことに由来する町名が周辺にはたくさんあります。
下の写真は同じ場所からの逆方向の東向きで、大久保通りは下り坂になっています。この坂下に岩戸町口のA3番口があります。
遠くに見える高層マンションの下に神楽坂商店街通りとの交差点があり、右に行けば飯田橋駅西口の牛込橋、左に行けば東西線神楽坂駅です。
E05b

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都営大江戸線飯田橋駅

E06c 上の写真は飯田橋交差点の大きな歩道橋からの東向きで、下の道路は外堀通り、高架は首都高池袋線です。この左の歩道の地下6階に両端に通路がつながった長い大江戸線ホームがあります。
飯田橋は日本一大きいハローワークがあるので有名ですが、左の歩道の黄色いビルの向う隣がそれで、その近くにホーム東端のC2番口があります。
歩道橋の右下は神田川と外濠との昔の合流地点で、左から向うへ流れる神田川の上を首都高が左カーブし、右手後方から向うへの外濠と神田川の左岸に沿って外堀通りが右カーブしています。
今は外濠の飯田橋~牛込橋間の500mは埋立てられています。
下の写真は同じ歩道橋からの西向きで、正面はここが始点の大久保通りで左側にホーム西端のC1番口があります。この出入口は有楽町線、南北線と共用で、長い地下1階の地下道でJR線、東西線へも連絡しています。
直下から左への道路は地下2階に有楽町線ホームと南北線ホームが並ぶ広い外堀通りです。
E06a

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都営大江戸線春日駅

E07a 春日通りは超高層ビルの文京区役所(シビックセンター)前から富坂の坂を上ります。
上の写真はその西向きで、坂上の左手は中央大学のキャンパスです。この区役所前の地下3階に大江戸線ホームがあり、角の交差点を横切る地下6階に南北線後楽園駅ホームがあります。
写真中央の白いアパートの裏手は斜面を利用した礫川(れきせん)公園で、入口には江戸城大奥のトップに上りつめた春日局(かすがのつぼね)銅があります。この春日局が通りや駅名の由来です。
大江戸線は富坂上から左にカーブして中央大学キャンパスの地下になり、小石川後楽園の西側を通って隣駅の飯田橋駅に向かいます。
下は小石川後楽園内の写真で、大きな池を囲む典型的な回遊式の日本庭園です。庭園の向うに見えるのは丸屋根の東京ドームと超高層の東京ドームホテルです。
これは水戸藩邸の庭園が残されたものですが、屋敷跡は明治期に陸軍砲兵工廠となり、それが関東大震災で被害を受けて移転し、今の東京ドームのある後楽園遊園地に生まれ変わりました。
E06b

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都営大江戸線本郷三丁目駅

E08a 上の写真は本郷三丁目交差点の西向きで、この前後の地下3階に大江戸線ホームがあります。
この左角のビルの裏側の地下1階には向うからきて左に向きを変える丸の内線ホームがあり、乗換は左角の3番口から歩道に出て左の路地を入ると、テント屋根の明るい駅舎があります。
右角の一画は多くの文豪が住んだ路地と坂の多い昔の面影を残す街並みです。
交差点の300m右に有名な東大赤門があります。突き当たりは医学部、右が経済学部、左は図書館で、キャンパスはさらに左から奥に拡がっています(下の写真)。
ここは江戸時代の加賀前田藩の藩邸ですが、この赤門と医学部の北側の緑に囲まれた三四郎池が残されました。
三四郎池周辺は当時は育徳園という庭園でしたが、明治期の東大の様子を記述した夏目漱石の小説「三四郎」から、三四郎池と呼ばれるようになりました。
E08b

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都営大江戸線上野御徒町駅

E09b 上の写真は上野広小路交差点の北向きで、この前後の地下1階に銀座線上野広小路駅ホームが、それを左右に横切った地下2階に大江戸線上野御徒町駅ホームがあります。
写真左の雑多なビル街はアメ横のある繁華街で上野駅まで続いています。
この通りの先の左側に上野公園があり、行楽日には上野公園とアメ横を行き来する群集で大混雑する場所です。現在この地下に広い通路と駐車場の工事が行われています。
下の写真は100m東(左)の春日通りの山手線ガードで、この地下1階を日比谷線仲御徒町駅ホームにつながる長い地下通路が通っています。
ガ-ド手前の横断歩道を左に渡るとJR御徒町駅で、そこにある横丁を少し入ると3つの地下鉄とJR駅との乗換口のA6番口があります。
E09a

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都営大江戸線新御徒町(しんおかちまち)駅

E10a 上の写真は新御徒町駅のある交差点で、この前後の地下2階に大江戸線ホームが、それに続いて後方の地下4階につくばエクスプレス線ホームが伸びています。2本のホームの上部の地下1階は長いコンコースです。
どちらの駅もまだ新しく、以前はここは600m西の山手線御徒町駅が最寄駅でした。
この交差点の4つの角の地名は台東区の東上野、台東、元浅草、小島ですが、どれも駅名には採用されず賑やかなアメ横のある御徒町駅の名を借りて新御徒町駅と名付けられました。
左の角の3つ目のビルの先に3角屋根が見えますが、これは佐竹商店街の入口です。秋田の殿様の佐竹家の屋敷跡にできた商店街です。
車の通らない広い商店街通りなので、通りの前まで商品を並べて活気付けている店舗が多いです(下の写真)。新駅が2つも開業したので昔の活気を取り戻せるかも知れません。
E10b

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