都営三田線西高島平駅

I27c 上は駅南口前の歩道橋からの新大宮バイパスの交差点の写真で、前後の高島平通りの陸橋の上をさらに首都高池袋線が左右に交差しています。
三田線はこの駅が終点ですがこの先500mで東京都板橋区から埼玉県和光市になります。
道路左の林の内側に西高島平の街が広がっており、右の駅からはこの歩道橋か、交差点にある歩道橋を渡る必要があります。
街は宅地分譲の一軒家の閑静な住宅地です。駅北口はトラックターミナルと倉庫群が広がっており駅前には何もありません。
交差点から左へ防音壁で覆われた新大宮バイパス沿いに700m行くと赤塚城址公園です(下の写真)。
たまたま恒例の赤塚公園梅祭りの日で出店が並び、森の中の赤塚城址の高台では古式武術が披露されていました。公園内には魚釣りができる池や郷土資料館もあります。
赤塚城址は中世に100年以上続いた武蔵千葉氏の居城ですが、戦国時代に北条方となり秀吉軍と戦って破れ廃城となりました。
I27d

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都営三田線新高島平駅

I26c 上の写真は駅南口からの歩道橋からの高島平通りで、左は高架の新高島平駅、右は高島平駅から続く高層アパート群です。
道路沿いは初春でまだ枯枝のけやき並木ですが、アパート群の前には黒々とした街路樹が茂っています。40年の歳月で高層アパートを覆い隠すほどの樹木に成長しました。
反対側の北口駅前は小さな商店街になっています。そこから400m北の新河岸川まで歩きました。
下の写真は新河岸川の橋の上からで、左岸(北岸)には大きな水再生センターがあり、その向こうには荒川河川敷が広がります。正面遠くの高い煙突は板橋清掃工場です。
右岸(南岸)の高島平地区はかっては徳丸たんぼ、赤塚たんぼと呼ばれた一面の水田地帯で、この川の水を農業用水に利用していました。
しかし川の水質汚染で米造りが難しくなり、国が全農地を買い上げて今の住宅地になりました。開発当初はまだ未舗装の土の道が雨でぬかるんで大変だったそうです。
I26d

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都営三田線高島平駅

I25a 高島平は昭和40年代に造られたマンモス団地ですが、住宅難の当時は何十倍もの抽選に当たって入居できるあこがれのマイホームでした。
高島平駅東口を南側に出ると広い通りを挟んで高層の公団アパートが屏風のように突っ立っています。アパートの壁には入居者募集の赤幕が掛かっていました(上の写真)。
横断歩道の先には広い緑地帯があり、この奥にも横にも何棟ものアパートが並んでいます。駅前に当たる正面のアパートは1階が商業スペースでスーパーや店舗が入居しています。
下の写真は同じ駅東口の北側です。こちらは小型マンション1階が店舗の駅前商店街で周辺には中型マンションが点在しています。駅前商店街にはパチンコ屋、コンビニ、飲食店など雑多な店があり、団地内の店舗より賑わっているようです。
I25b

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都営三田線西台駅

I24f 西台駅に降り立って驚かされるのは、高架駅の横に聳える都営西台団地のアパート群です(上の写真)。高架線の向うは大きな三田線の電車の車庫ですが、車庫の上を覆う人工地面を造り、そこに建設されたのが写真の団地です。
人工地面へは車が通れる坂道があり、上には広い駐車場もあります。周辺は他にも高層アパートやマンションが建ち並ぶ街並みです。
下の写真は駅前からの逆方向で、左はダイエーの大型店です。その角は広い高島平通りの交差点で、その近くは車で利用するチエーン店の商業地区です。
駅前から横断歩道を渡った高架の横に8階建てのスポーツクラブがあり、その4階が総ガラス張りで高架の電車の窓から会員の運動する姿がよく見えます。
坂道を上って団地内へ行って見ました。杖をついてとぼとぼと坂道を下ってくる老人に出会いました。団地内では生鮮食料品を積んだ移動販売のミニバンが営業中でした。団地の居住者の高齢化が進んでいるようです。
I24e

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都営三田線蓮根駅

I23b 蓮の根は野菜のれんこんですが「はすね」と読みます。ここは昭和30年代まで広いキャベツ畑だったようです。
上の写真は高架下の蓮根駅で、駅前通りに面しています。駅前広場はありませんが、高架下に駐輪場があります。また、高架のホームをオーバハングさせて歩道を広げています。
通りの右側には銀行、ジョナサン、書店などの店舗が並びます。
100m先が広い高島通りとの交差点です。
下の写真はそこからの三田線の鉄橋で、鉄橋の左が駅ホームです。三田線はこの右で急カーブして高島通りと並行になり終点まで進みます。
通りの左の高層は公団アパートです。裏通りに入ると低層のアパートと住宅街で、その中に蓮根中央商店街と植村直巳冒険館があります。
I23c

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都営三田線志村三丁目駅

I22e 上の写真の通りの先のガードが志村三丁目の高架駅で、ガードの先の高架沿いの道を右に入ると改札口になります。
その前には大きなパチンコ屋があります。左に入った高架下には小料理店が数軒並びます。
写真の右が郵便局、左がサミット、コジマ、トイザラス、銀行などが入るショッピングセンターです。
ガードの先は上り坂で武蔵野台地の崖線になっています。下の写真はその高台からで、木々の隙間から志村三丁目の街並みが眺められます。直下の白い建物は駅の傍の都営アパートです。
ここは城山公園で写真左手の森の中には熊野神社と城山幼稚園があり、その隣が志村小です。丁度、下校時間だったので学童達が戯れながら坂道を下りて行きました。
I22d

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都営三田線志村坂上駅

I21e 上の写真は左右にA3、A4番口のある交差点の北向きで、中山道はここから先は荒川低地への下り坂です。
ここから背後の地下2階にホームが伸びており、三田線はこの先で左にカーブして中山道から別れ地下鉄から高架線になります。
交差点の左は商店街通り、右へ進むと板橋区支所や板橋中央病院、中山道沿いは1階が店舗の高層マンションが建ち、周辺は賑やかな街並みです。
その中で200m背後にある古風な商家が目を引きます(下の写真)。その左の一本の樹木は志村一里塚で、商家とあわせ旧中山道を偲ぶ文化資産に指定されています。
商家は昔のよろず屋で店内から店先まで竹細工の商品を沢山並べており、今も商いしているようです。右のバイク屋さんも昭和のイメージです。一里塚の左にA1番口があります。
一里塚は道路のこちら側にも向き合う形でもう一つあります。その横がA2番口で、通りの裏側には凸版印刷の大きな工場があります。
I21c

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都営三田線本蓮沼駅

I20c 上の写真はA3番口からの中山道の北向きで、ここは右からの駅前通りがぶつかるT字路で右側の2つの角にA1、A2番口があります。
それぞれの出入口の前は少し歩道が広げられており、A3番口前は写真のように幟を立てたパチンコ屋もあり、出入口前に店舗が集中しています。
右の駅前通りはバス通りで小さなスーパーがあり、400m先には西が丘サッカー場があります。
中山道沿いの表通りは高層マンションが増えてきていますが、裏側は閑静な住宅地です。
右の歩道を250m進むと徳川将軍吉宗の鷹狩の御善処だった南蔵院があります(下の写真)。
かってはこの先の低地の志村坂下にありましたが度重なる荒川の氾濫で寺宝の一切を失い、今の高台に移ってきたそうです。
ここはしだれ桜が有名で板橋区の桜の名所にも指定されています。
I20d

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都営三田線板橋本町駅

I19c 仲宿から北に旧中山道を歩きました。道の両側は小型のビルやマンションの1階が店舗の賑やかな仲宿商店街です。途中スーパー、ファミレス、ドラッグストアなどもあります。
600m先で石神井川に架かる板橋を渡ります(上の写真)。この橋が板橋の地名の由来で今はコンクリート製ですが、欄干は昔風の木製に見せかけた造りになっています。ここから下流の石神井川の両岸には散歩に適した遊歩道があり王子まで続きます。
橋を渡ると板橋本町商店街ですがぐんと寂しくなります。500m先で環七通りの交差点ですが手前で西側を併行する幹線道路の中山道に出ました。
下の写真は板橋本町駅のある中山道の交差点で四隅にA1~A4番口があります。左右に横切る環七通りは陸橋の立体交差で、その上を首都高が交差しています。
交差点の前後には板橋本町インターもあり、ここは道路交通の要の場所になっています。
I19d

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都営三田線板橋区役所前駅

I18a 上の写真の右はA1番口のエレベータ口で、左は首都高板橋Jctの高架のある中山道です。ここから後方の道路下にホームが伸びています。横断歩道を左に渡るとA2番口と板橋区役所内のA3番口があります。
板橋Jctは中央環状線と池袋線の分岐で大きな三角形になっており、その中に高層ビルの区役所があります。
下の写真はA1番口から右100mの旧中山道仲宿の王子新道との四辻です。ここが昔の板橋宿の中心で、今は賑やかな商店街通りになっています。
明治になって全国に鉄道が普及し板橋の宿場町の人々には仕事がなくなりました。それに対し東方2kmの王子には沢山の工場が造られ労働者が必要になっていました。
王子新道はその徒歩通勤の道として苦労して住民の手で造られました。ここを右に進めば沿道に明治21年の完成を記念する石碑も残っているようです。
I18b

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都営三田線新板橋駅

I17c 上の写真の左下がA3番口で、右は高架の首都高中央環状線が通る中山道です。ここから後方の地下1階にコンコース、地下2階にホームが伸びておりA1、A2番口があります。
首都高は2階建てでビル6階相当の高さがあります。沿道は首都高に負けないように背の高いビルが増えてきています。
A3番口を左に200m進むとJR板橋駅西口の駅前通り商店街です。これは旧中山道ですが通りには小型のマンションが多く、その1階が店舗の商店街になっています。
A2番口側の中山道は埼京線を越す陸橋の袂で、下はその陸橋からの南向きの望遠写真です。右側の手前と遠方に高層マンションが見えますが、この間にJR板橋駅があります。
ここは行政区域の境目で線路右側が板橋区、左側が北区滝野川、遠方の高層マンションから先は豊島区です。左端の煙突は池袋駅北側の豊島清掃工場です。
新板橋駅と板橋駅は板橋区の端っぽの駅なのです。
I17e

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都営三田線西巣鴨駅

I16a 上の写真はA2番口に近い西方院前からの北西向きで、左の大型マンションの角が西巣鴨交差点で、そこにA3番口があります。そこから写真左の道路下にかけてホームがあります。
通りの先の白い円弧状の高架は首都高中央環状線です。白山通りはこの交差点から中山道と名を変え首都高の高架下になります。
写真右の西方院の裏側は墓地が広がっており、墓地を取り囲んで7つの寺院があります。その中には四谷からここに引っ越してきた四谷怪談のお岩さんの妙行寺もあります。
左の大型マンションの裏側は仏教系の大正大学のキャンパスです。日本の仏教には天台宗・真言宗豊山派・真言宗智山派・浄土宗の4大宗派がありますが、大正大学はそれらの賛同を得て創られた仏教連合大学です。校内は正門から礼拝堂までポプラ並木が続いており、その両側に校舎が並んでいます(下の写真)。
駅周辺は他にも淑徳巣鴨高・中、巣鴨北中、滝野川二小などがある文教地区になっています。
I16b

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都営三田線巣鴨駅

I15c 巣鴨は爺さん婆さんに人気のとげぬき地蔵のある街です。ホーム北寄りのA3番口が最寄口で、そこは白山通りの広い歩道の中です(上の写真)。
写真正面が上下のエスカレータと階段が並んだ大きなA3番口で、その右にアーケードのある店舗が並びます。歩道にはベンチも置かれています。
ここから向うへの車道の地下にホームが伸びており、その先端にあるA1番口は山手線巣鴨駅の乗換口になっています。
写真の歩道を後方に進むとすぐ巣鴨地蔵通り商店街の入口です。ここは年配者向けの衣料品の店や饅頭、せんべい、お茶など昔風のみやげ物店が並びいつも賑わっています。
商店街の中ほどにとげぬき地蔵の高岩寺があり線香の煙が立ち込めています(下の写真)。
さらに商店街を進むとお猿さんを祀る庚申塚があり、そのすぐ先が都電荒川線庚申塚駅です。この通りは旧中山道で、幹線道路の白山通りと併行しています。
I15b

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都営三田線千石駅

I14c 上の写真は三田線が通る右の旧白山通りが左の白山通りに合流する交差点からの北向きで、ここから向うの地下2階にホームが伸びています。
右の歩道にA1番口が見えます。この200m先に不忍通りとの大きな交差点があり、そちらにはA3、A4番口があります。
駅周辺は中小のオフィスビルとマンションが混在する街です。
A1番口から右の横丁を入ると駕篭町小と村田女子高があり、その先に広々とした文京グリーンコートのビル街があります。
そこには2棟の超高層マンション、超高層のオフィスビル、低層の商業ビルと並び、オフィスビルと商業ビル間は大屋根で覆っています(下の写真)。そして商業ビルには大丸ピーコックやレストラン等が入っています。
この周辺には日常の買物や食事ができる場所が少ないので、自転車でここまで来る人も多いようです。
なお、ここは理化学研究所から派生した科研製薬跡地の再開発です。
I14d

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都営三田線白山駅

I13c 上の写真はA3番口のある白山坂中腹からの北向きで、ここから後方のかなり深い地下1階がコンコース、地下2階がホームです。A1番口は150m後方の坂下にあります。
表通りは中小のビルが並びますが、ここは寺社と学校の多い街で、その代表が白山神社と東洋大学です。
左の駐輪場の向うがA3番口で、その先にエレベータ口がありますが混雑するので学生の利用自粛の掲示がなされています。
右の車道はこのすぐ先の坂上の交差点で右折する車が多いのでいつも渋滞しています。
エレベータ口から左の路地を100m進むと白山神社です(下の写真)。加賀の霊峰白山に由来する古くからの神社で6月のあじさい祭りが有名です。白山神社は高台にあり、坂下から長い石段を上ってこの境内に来るのが昔の正規のルートのようです。
本殿の後の大きなビルは東洋大学で、神社の裏庭を抜けるとキャンパスの入口にでます。
I13d

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都営三田線春日駅

I12e 上の写真はシビックセンターと呼ばれる高層ビルの文京区役所を、その北東の春日町交差点から撮ったものです。この交差点から右方向の地下1階に三田線のホームが、向う方向の地下3階に大江戸線のホームがあります。
写真ではビルの屋上が写っていませんが、屋上には円盤状の展望台があり一般に開放されています。
1階ロビーから高速エレベータで展望台に上り撮ったのが下の写真です。文京区の北側とその先の北区が写っています。中央から左上方向の通りが三田線が通る白山通りです。
左正面に2棟高層ビルが見えますが、それ以外は小型のビルと低層家屋が広がっています。
訪れたのは午前中でしたが沢山の人が見物に来ていました。周辺でダントツに高いこの展望台は、見晴しがいいので人気があるようです。
I12d

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都営三田線水道橋駅

I11a 上の写真はホーム南の階段のA2番口からの南向きの水道橋交差点で、交差点の先のガードは中央線で右手にJR水道橋駅があります。地下道で都営とJRはつながっていますが少し距離があります。背景の右のビルは東京歯科大病院、左は東洋高です。
ガードの手前には神田川が流れており、そこに水道橋の橋が架かっています。江戸時代にこの少し下流(左手)の高台に、神田上水の水道の橋があったのが名前の由来です。神田川はここから下流は深い渓谷になります。
下の写真はホーム北の階段を出た横断歩道からの北方向で、左側は後楽園の遊園地です。このさらに左手に東京ドームと小石川後楽園があります。
これらはすべて江戸期には広大な水戸藩邸で小石川後楽園はその庭園でした。明治維新で藩邸は陸軍の兵器工場になりましたが、関東大震災で崩壊し小倉に移転して、今の姿になりました。
通りの右側は家老や藩士の小さな屋敷や長屋跡なので今も小型のビルの街になっています。
観覧車の向うの高層ビルは隣の春日駅前にある文京区役所です。
I11b

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都営三田線神保町駅

I10b 上の写真はホーム南の階段から高層マンションの1階にあるA8番口からの南方向です。
左のレンガ造りは東大OBの学士会館、右のビルは共立女子大の講堂、遠くの白いビルは一橋大OBの如水会館、横断歩道を渡った右手には小学館、集英社、岩波出版などがあります。
ここは明治の文教地区の中心で高等師範、高等商業、女子職業、外国語学校などがありました。
高等師範はその後移転して東京教育大から筑波大となり跡地は前述の出版社になりました。戦前の国定教科書を作っていた関係と思われます。
高等商業は一橋大学になって国立市に移転し、跡地は女子職業学校から発展した共立女子大と如水会館になりました。首都高が上を通る日本橋川の畔に建つ如水会館の南には、学校名の由来の一ツ橋が架かっています。
外国語学校は開成学校と名を変え、さらに東大と東京外大になり跡地が学士会館になりました。
下の写真はホーム北の階段のある神保町交差点の北方向です。東西には新宿線と半蔵門線のホームもあります。神保町は古書店街で有名ですが1ブロック南に文教地区があった名残かもしれません。
I10a

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都営三田線大手町駅

I09a 上の写真はホーム北の階段から出た大手前交差点の南東の角から北方向を撮ったもので、ここから南(後方)に三田線の、北に千代田線のホームがあります。また交差点東(右)70mからは東西線のホームも東に延びています。
写真左の北西の角は大手センタービル、右の北東の角はファーストスクエアの高層ビルです。どちらもビルが巨大なので複数の大企業が入居しています。交差点の南東の角は高層ビルに建替え中で、南東の角だけ10階建ての三井住友銀行です。右の赤いアンテナのビルはKDDIです。
下の写真はホーム南の階段から出たお濠端から撮った和田倉橋とパレスホテルです。この橋を渡ると大噴水のある和田倉噴水公園があります。昔の和田倉橋は関東大震災で崩壊しましたが昭和47年に復元されました。この辺りは大手町のサラリーマンの休憩場所になっています。
I09c

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都営三田線日比谷駅

I08a 上の写真は皇居のお濠越しの第一生命本館で、背後は新しい第一生命のタワーです。このビルの前の日比谷通りの地下に駅ホームがあります。この右手にはすぐ日比谷交差点があり、そこからさらに右に千代田線日比谷駅のホームが直列に並んでいます。
第一生命本館は戦前からの石造りの立派なビルで戦災を免れたことから、敗戦直後にGHQの本部が置かれました。皇居の二重橋に面したこのビルの一室が、当時のGHQのマッカーサー司令官の執務室として使われ、彼の銅像が置かれたその部屋は、当時のままの状態で大切に保管されているそうです。
下の写真は皇居前広場の馬上の武者姿の楠公像で、後には都内観光のバス駐車場のある楠公レストランがあります。ツアー客はバスガイドの案内でこの銅像の説明を聞きながら二重橋に向かいます。
戦前は他にもいくつかの軍神と称される銅像が皇居前広場に飾られていたそうですが、GHQから軍国主義の象徴だとして撤去を命ぜられ、この楠公像だけが皇居前に残りました。今は楠公像と上野の西郷さんと靖国神社の大村益次郎が東京の三銅像といわれています。
なお背後の高層ビルは前述の第一生命のタワーです。
I08b

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都営三田線内幸町駅

I07d ホーム南の階段を上がってA1 ~A4 番口を出ると西新橋交差点で、その北の横断歩道から北向きに撮ったのが上の写真です。日比谷通りもここから沿道のビルが大きくなります。
左端はセントラルビル、空間を挟んで富国生命の高層ビルです。空間は日比谷シテイの広場で、その後に高層の日比谷国際ビルが建っています。日比谷シテイの地下は周辺のビルのサラリーマンのレストラン街になっています。
日比谷シテイはNHKが渋谷に移転した跡地に造られました。昔のNHKでは何かの応募の住所で「千代田区内幸町私書箱……」とよく放送していたので年配者には内幸町の地名は馴染みのはずです。
下の写真はホーム北の階段のA5番口から出た内幸町交差点の南東の角からの日比谷公園内の日比谷公会堂です。もとは音楽のコンサートホールとして生まれたものですが、今はいろんな集会にも使われている歴史の古い建物です。この写真は公会堂の裏側で正面は公園側になります。
I07c

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都営三田線御成門駅

I06a 上はホーム南の階段のあるA1番口の前にある歩道橋から撮った日比谷通りの南向きの写真です。両側には芝公園の緑がずっと続きます。右端の緑の屋根は二天門でこの奥が昔の歴代将軍の宝塔のあった場所ですが、今は東京プリンスホテルになっています。
左側には昔は増上寺を詣でる人や僧のための宿坊と学寮がありましたが、今は共立薬科大や港区役所になっています。
下の写真はホーム北の階段のあるA3番口脇の御成門交差点です。この交差点から北はオフィス街の日比谷通りになります。
駅名の御成門とは将軍様やお殿様がお通りになる門のことです。ここは増上寺の北の玄関口で江戸城からは桜田門と虎ノ門を経ての最短路の位置になり、将軍様がおなりになる(おいでになる)門でした。交差点の左手には御成門小、中がありますがそこには将軍様が休息される御本坊がありました。
I06b

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都営三田線芝公園駅

I05a 上の写真はホーム北側からA4番口(左端)を出た日比谷通りで、左手に芝公園が広がります。この公園は明治の初め、広大な増上寺の境内を分割して造られました。内部には都内では有数の規模の丸山古墳もあります。
A4番口の広い歩道を先に進むとすぐに大きな鳥居のある徳川家康を祀る東照宮の参道です。さらに進むと安国殿と黒本尊の堂が歩道から見えます。
その先に大きな三門があり、そこから撮ったのが下の写真の巨大な増上寺の本殿です。右背後には東京タワーも見えます。増上寺は上野の寛永寺と共に徳川家の菩提寺で歴代の将軍がどちらかのお寺に葬られています。
江戸の2大寺院だった増上寺と寛永寺から芝公園と上野公園が生まれ、今はどちらも都心の大切な公園になっています。
I05b

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都営三田線三田駅

I04a 上の写真は第一京浜から分岐する日比谷通りの芝五丁目交差点で、通りの左手には都営アパートの背後にNECの、右手にはNNビル(ニチメン、日本生命)の超高層ビルが建っています。この交差点から先の地下2、3階に目黒方面と西高島平方面のホームがあります。
それに接するように左右の第一京浜のここから左手の地下2、3階に浅草線のホームがあり、100m左は山手線田町駅前です。
三田線はここで左に急カーブしてビル街の地下をS字カーブを描いて、慶応正門前から前駅の白金高輪駅とつながっています。
下の写真は300m西にある路地の飲食店街の慶応通り出口からの慶応大学です。ここはT字型の3差路で交差点を渡った150m先が地下を三田線が通る慶応正門前ですが、残念ながら駅はありません。この路地は慶応の学生の三田駅や田町駅からの通学路になっています。
I04b

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メトロ南北線、都営三田線白金高輪駅

N03b 白金台駅の目黒通りが桜田通りと合流して、次の白金交差点の地下が白金高輪駅です。この交差点で都道415号と桜田通りが分岐しますが、この2つの通りを跨ぐ歩道橋が上の写真です。手前が桜田通り側で中央は出入口2のエレベータ等です。
背後は完成したばかりの再開発の白金アエルシティで高層ビルの左はマンション、右はオフィスビルで、中央の背の低いのが地下に出入口3があるステーションビルです。
下の写真は歩道橋からの幅の広い都道415号です。この地下の駅は南北線と三田線の分岐駅で、線路が両側にある上りホームと下りホームに分かれています。道路幅はホーム2本線路4本のスペースです。上りホームからは目黒からの直通電車に接続する始発電車も出ます。
南北線はこの通りの地下を、三田線はこの先で右カーブして右のビル群の地下を進みます。
N03a

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メトロ南北線、都営三田線白金台駅

N02b 上の写真は目黒通りの白金台駅前にかかる歩道橋からの目黒方向です。右下は出入口2でその向う隣は東大研究所付属病院入口で長い林の道の先に病院があります。昔は伝染病の研究所だったようです。左側の歩道の200m先に出入口1があります。
目黒通りは拡幅工事中でそれに伴い両側にビルが建ち並びました。併せて電線の地中化工事も行われているようです。
下の写真は同じ歩道橋からの逆方向で、通りは日吉坂の下り坂になります。同じように両側に新しいビルが建っていますが、電線地中化工事はまだこれからのようで見通しが悪いです。
通りの右のビルの裏側は広い庭園を持つ超高級レストランの八芳園です。右下の道を入るとすぐ立派な門構えの入口があります。結婚式で利用する人が多いようです。
N02c

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メトロ南北線、都営三田線目黒駅

N01a_1 上の写真は山手線目黒駅西口からの西行の目黒通り越しの駅ビルのアトレです。2000年に東急目黒線とメトロ南北線、都営三田線の相互乗り入れでできたビルで、地下3階がコンコースで地下4階がホームです。ビルの左側の地下1階は山手線のホームです。目黒線は昔の目蒲線でその始発の地上駅があった跡地とJRの線路上に造られました。
南北線はここから手前左に急カーブして山手線を斜めに横断して、東行の目黒通りに出ます。
下の写真は300m先の歩道橋からの庭園美術館西交差点で左右に高架の首都高目黒線が通っています。
その先の森は庭園美術館で背後には自然林が残る自然教育園が広がっています。その入口のある自然教育園前交差点で目黒通りの東行と西行が合流します。
N01b

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