都営新宿線本八幡駅

S21e 篠崎駅から江戸川を地下で横切って千葉県市川市に入った新宿線の次駅は、終点の本八幡(もとやわた)駅です。
上の写真はホーム後端(南端)のA1番口近くからの北向きで、高架のガードは総武線です。
ガードの先から向うへの地下1階に300mの長いコンコース、その地下3階がホームです。
総武線本八幡駅の高架駅はガードの右手(東)にあり、地下1階から地上2階へのエスカレータで連絡しています。
ガードの先の左側に再開発の超高層マンションが聳えていますが、右側でも現在工事中です。
地下1階のコンコースを前方に進んだ出口がA8番口で京成線京成八幡駅への乗換口です。
下の写真は京成八幡駅西の踏切内からの南向きで、左端がA8番口でその後側は京成の駅ビルです。
地下1階がコンコースの広い通りは踏切の手前でロータリになっており、踏切から北は狭い一方通行の通勤通学路になります。
市川市は総武線と京成線で挟まれたこの通り沿い全体を再開発地区に指定しており、遅れていた京成駅周辺の再開発も始まるようです。
S21f 

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都営新宿線篠崎駅

S20a 上の写真は駅南口広場の交差点からの北向きで、正面はテナントがライフの駅ビルです。
この地下が改札口で、その左右の地下深くにホームが伸びています。
駅前通りはこの背後200mで京葉道路に出ます。
駅の周りにはパチンコ屋や店舗があり駅周辺は高層マンションですが、少し離れると一軒家の住宅地です。
写真左手の駅西口では高層ビルの開発計画も進められており、隣駅の瑞江とよく似たまだ真新しい街のようです。
江戸川スポーツランド行きバスに乗り2つめのポニーランド前で下車して撮ったのが下の写真です。
草原の四角い柵は馬の放牧用です。残念ながら馬はいませんでした。
その先の江戸川が右方向に分流していますが、手前が旧江戸川、奥が大正時代に開削された江戸川放水路です。
この川の対岸は千葉県市川市になります。
S20b

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都営新宿線瑞江駅

S19b 上の写真は瑞江駅前広場で、正面が駅ビルでその地下が改札口です。
荒川以東の新宿線は当初、まだ農地が多かったので高架鉄道で計画されましたが、江戸川区の要請で地下鉄に変更されました。
そのため道路下を掘り起して建設された都心の地下鉄と異なり、地上とは無関係にモグラのように地下を掘り進んでいくシールド工法で造られています。
新宿線は写真の方向に通っており、駅ホームは地下深くのこの直下から駅ビルの向うへ伸びています。
駅ビル内にはライフ、左手には長崎屋とサミット、駅ビル裏手にはパチンコ屋や飲食店などもあります。しかし繁華街は駅の周りだけで1ブロック離れると住宅地の、まだ新しい発展途上の街になっています。
駅から700m北に一之江名主屋敷があります(下の写真)。
豊臣家の武士であつた田島図書は大阪の陣で徳川側に敗れ武士を捨てて関東に下り、この地で一之江新田の開拓に取り組みました。
その子孫が代々この地の名主を務めた屋敷が今に残されたものです。
昭和の中頃まで農地だったこの地が、新中川の開削と新宿線の開通で今は住宅地に変わりました。
S19a

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都営新宿線一之江駅

S18a 上の写真は東口(駅ビル口)の駅前ロータリで、正面が駅ビルです。駅ビルの向うには環七通りがあり、その西側に西口(環七口)の駅前広場があります。
駅前広場の周りはどちらも高層マンションが建っていますが、そこを離れるとすぐ新宿線開通(昭和63年)以前からの古い住宅地です。
東口から150m進むと新中川で、下の写真はその上流に見える変則アーチ形の明和橋です。両岸に屋形船とボートが停泊し、絵のようにのどかな川の風景になっています。
このすぐ下流が旧江戸川との合流点の今井水門です。
新中川は人口の川で、上流の葛飾区高砂で中川から分流して、今井水門で旧江戸川に放出しています。
昭和21年に台風で大水害を引き起こした中川の抜本的な対策として、高砂~今井間7.8kmが幅143.5mで開削され昭和38年に完成したのが新中川です。
遊歩道の土手の堤防に挟まれた草原の河川敷のこの川は、散歩やサイクリングに適した公園にもなっています。
S18b

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都営新宿線船堀駅

S17c 上の写真は船堀駅の150m南の歩道橋からの北向きで、先に見える道路を跨ぐ高架が駅ホームでその右の高架下が船堀駅です。
新宿線はこの先ですぐ地下鉄になるので、右方向へ下り勾配のホームになっています。
車道の右は広い歩道の緑地帯で、南口駅前広場から続いています。
右奥の超高層マンションは南口駅前広場に面したトキタワーで、1~2階は商業施設になっています。
この2階のファミレスで昼食をとりましたが、子供連れのママさんで一杯でした。割安の特別メニューのお子様ランチがあるようです。
写真中央の塔はタワーホール船堀の展望塔です。
タワーホール船堀は北口駅前にある7階建てのビルで、イベント会場、コンサート会場、会議室、和室、展示場、映画館、結婚式場、展望台までそろった江戸川区の公民館です。
下の写真は展望台からの西向きで、手前からダイエーの屋上駐車場、ゴルフ練習場、高層の船堀団地、中川、中洲の首都高、荒川、小松川と大島の市街地と続きます。
これらを縦断しているのは左は新宿線、右は新大橋通りです。
遠くが霞んでいますがこの方向に富士山が見えることもあるそうです。
S17b

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都営新宿線東大島駅

S16d 大島駅を出た新宿線は荒川を渡るため高架になり、次は旧中川を跨ぐ橋の駅の東大島駅です。
川を挟んで向うが江東区大島九丁目、こちらは江戸川区小松島です。
ここは時代と共に大きく変貌してきた地区です。
写真の200m下流(左側)の小名木川との合流点に中川船番所資料館がありますが、江戸時代は江戸に出入する船のチェックをする水上交通の要の場所でした。
下の写真は駅の小松川口からの東向きで、広い公園のような駅前広場を囲んで新築のマンションが建ち並んでいます。
遠くに見えるマンションの向うは荒川でそれに並んで中川も流れています。
大正から昭和の初めにかけての関東の河川改修工事で、この地区の地形が大きく変わりました。
その頃、この地に日本化学工業の大工場ができました。
昭和40年代に江東区の他の工場と同様に工場移転が決まりましたが、敷地の六価クロム汚染が判明し、その対策に追われるようになりました。
紆余曲折を経て汚染土壌は無害化して埋め立てて大きな大島小松川公園ができました。
今は公園と大河川に囲まれ、見晴しのいい高層マンションの街に生まれ変わりました。
S16c

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都営新宿線大島駅

S15e 上の写真は丸八通りとの交差点の東向きで、ここから後方の地下2階が新宿線ホームです。
交差点の両角にコンコース東端のA5、A6番口がありますが地下1階の改札口が後方にあるので少し歩きます。
通りの右側には高層のマンションが見えますが、ここは大型団地が集中している街です。
その1つがコンコース西端のA2番口を出た場所にある大島六丁目団地です(下の写真)。
昭和40年代に三菱製鋼跡地に造られた3000戸の大型団地で、入口には写真左の松坂屋スーパーがあり自転車が沢山並んでいます。
この団地自治会HPによればここは駅前に当たるので団地内の放置自転車が長年の課題だそうです。
交差点を挟んで大島5~8番地ですが、それぞれに大島○丁目団地があり、カタカナの名称の大型マンションも目白押しです。
交差点の150m東にはサンロード中の橋商店街があります。
生鮮食料品の店が多い賑やかな商店街ですが、大型団地に囲まれて地の利に恵まれた商店街になっています。
S15d

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都営新宿線西大島駅

S14e 上の写真は新大橋通りの明治通りとの交差点の東向きで、この前後の地下2階が新宿線ホームで、交差点の四隅にA1~A4番口があります。
交差点の左角は羅漢寺、右角は江東区民センターです。
羅漢寺にはかって等身大の五百羅漢像が安置され、それが3層の廊下を通って一望できたことから多くの人が訪れる江戸明治期の名所でした。
当時は右角の区民センターの敷地も含めた大きなお寺でしたが、明治の終わりに羅漢像は目黒不動尊の隣の羅漢寺に移転し今は本堂だけになりました。
この付近の明治通りは羅漢通りとも呼ばれ両側の歩道は羅漢通り商店街になっています。
交差点を右に行くとすぐ大島四団地があります(下の写真)。
ここは日曹製鋼と日本製粉の工場跡地で昭和40年代に造られた大型団地です。
写真の左手からは区民センターの裏手を廻って総武線亀戸駅まで続く長い大島緑道公園の入口がありますが、これはこの団地ができる頃まで活躍した城東電車の路線跡です。
S14d

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都営新宿線住吉駅

S13b 上の写真はA1番口からの東向きで、この地下1階に広くて長いコンコース、前後の地下2階に新宿線ホーム、左右の地下3階に半蔵門線ホームがあります。
かってこの交差点を錦糸町~住吉町~築地、錦糸町~住吉町~日本橋の都電が走っていましたが昭和46年に廃止され、その代替が今の2つの地下鉄といえます。
この400m先が猿江恩賜公園沿いの横十間川です(下の写真)。
江戸時代に運河なので水辺がありませんが、両岸の水面ぎりぎりに木道が設けられており、遊歩道と自転車通路として利用されています。
川の先に見える橋は小名木川との運河の交差点に架かる四葉のクローバ橋です。その交差点の先に水門があり、そこから下流は長い親水公園です。
江東区の多くの運河は埋立られ、道路や親水公園に変わっていく中で、小名木川とこの横十間川が昔の姿を留めています。
川の右岸は江東区公会堂で、左岸の高層マンションは2棟からなるザ・ガーデンタワーズです。
S13d

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都営新宿線菊川駅

S12b 上の写真はA2番口から出た交差点の東向きで、この交差点の地下1階がコンコース、地下2階がホームで、交差点の4角にA1~A4番口があります。写真では高いビルは見られませんが交差点を右に曲ると高層マンションもあります。
交差点の左角にパチンコ屋がありますが、その近くに火付盗賊改方、長谷川平蔵の屋敷跡があり記念碑も建てられています。
この300m先に運河の大横川を渡る菊川橋があり、下の写真はそこからの上流方向(北)です。川の両側には遊歩道があり、低層のマンションが建ち並びます。正面の青い橋は菊柳橋で、その先の白い高架橋は竪川の上の首都高小松川線です。大横川はそこから上流は細長い親水公園になります。
この菊川橋の左詰には大空襲による菊川周辺の殉難者三千余名を弔うお地蔵さんが祀られています。この周辺は安政の大地震、関東大震災、そして東京大空襲と3度にわたり焼け野原になりましたが、その都度蘇ってきた街です。
S12a

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都営新宿線森下駅

S11a 隣の浜町公園駅から隅田川を横断して江東区の森下駅になります。上の写真は右手にA3番口のある歩道からの東向きで、すぐ先の交差点から後方の地下2階に新宿線ホームがあります。交差点を左右に横切る地下3階には大江戸線ホームがあり、地下1階がコンコースです。
ここから右手の横丁に入るとすぐに深川神明宮があり、入口の鳥居に「深川発祥の地 深川神明宮」の幕が掲げられています(下の写真)。
墨田川対岸のこの地一帯は家康の江戸入城時は遠浅の海でした。江戸の町の発展とともに、人々が住む新しい土地や農地が必要となり、大阪から来ていた深川八朗右衛門が新田を開発し、その土地を“深川村”と名付けたのが現在の深川のはじまりとされています。
深川は今の江東区に相当する広い領域の俗称で、森下駅周辺も以前は深川森下でしたが、今は森下となりました。
隅田川東岸は、昔は上流から向島、本所、深川と呼ばれていました。
S11b

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都営新宿線浜町駅

S09a 浜町駅は隅田川に面した浜町公園の地下にあります。上の写真は清洲橋通りから浜町公園への銀杏並木の歩道で、その先に出入口A2があります。
この歩道の左手には明治座のある大きなビルがあり、丁度開演前の時間だったのでベンチは明治座の観客ですべてふさがっていました。里見浩太郎、由美かおるの水戸黄門の看板がかかっていましたが、中高年の夫婦や女性連れが多いようです。
下の写真は公園を通り抜けた隅田川の堤防からの対岸の深川と新大橋です。新宿線は新大橋の橋詰の方向に、隅田川の川底を通って新大橋通りに出ます。写真上部の高架は首都高向島線です。
S09b

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都営新宿線馬喰横山駅

S08a 新宿線は岩本町駅を出て靖国通りから清洲橋通りに移動します。馬喰町交差点の100m先の信号が馬喰横山駅の後部側の出入口A1のある上の写真です。信号の通りは横山町大通で衣料品の問屋街です。馬喰町交差点の江戸通りには総武快速線の馬喰町駅があり地下通路でつながっています。
下の写真は前述の2つの通りに挟まれた裏通りの新道問屋街の商店街です。店先にあらゆる衣料品が並べられています。特に女性用のファッションは華やかで目に付きます。
馬喰横山駅の前端側からは100mの長い地下通路で浅草線の東日本橋駅に連絡します。
ここは江戸時代の古い地名が残っているせいか連絡する3つの駅の駅名が異なります。
S08b

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都営新宿線岩本町駅

S07a 小川町駅のある淡路町交差点から靖国通りは中央線と山手線のガードを過ぎて3本の道路の交差する上の写真の岩本町交差点に出ます。交差点の上は首都高上野線の高架が横断しています。遠くに山手線ガードも見えます。この地下3階に岩本町駅があり、交差点の4隅に出入口A1~A5 があります。
周辺はオフィスビルですが歩道には店舗が少なく人通りも多くありません。
下の写真は昭和通りに面した出入口A3です。ここから向う150m先の神田川の和泉橋詰に日比谷線の秋葉原駅があり、ここが歩道を通っての乗換口になっています。JR秋葉原駅にも近いことからこの歩道にはファーストフード店が建ち並んでおり、岩本町で一番賑やかな場所になっています。
S07b

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都営新宿線小川町(おがわまち)駅

S06c 神保町から靖国通りを東に進むと通りが大きく右に迂回します。これは左一帯が日大と明大の本拠地がある高台の駿河台で、その裾野を通る曲線なのです。
上の写真はその通りの曲線で街も書店街からスポーツ用品店街に変ります。ヴィクトリアの看板が見えますがミナミ、ミズノをはじめたくさんのスポーツ用品店が建ち並びます。
下の写真はそのすぐ先の小川町交差点です。この四隅に小川町駅のホーム西側の改札につながる出入口B4~B7があります。ホーム東側の改札は次の淡路町交差点の地下3階で丸の内線の地下1階の淡路町駅と立体交差になっています。
S06d

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都営新宿線神保町駅

S06a 上の写真は靖国通りの白山通りとの神保町交差点です。この地下で新宿線、三田線、半蔵門線の3つの駅が3層に重なっており、交差点の4隅に出入口A3~A7が散らばっています。神保町は以前から古本屋の街として有名ですが今も健在です。表通りには書泉グランデや三省堂などの新書の大型ビルもあり日本一の本の街です。
下の写真は裏通りのすずらん通りの入口で、ここも本屋が多いですがこの路地には飲食店も増えてきました。周辺にはオフィスが増えてきて、昼食時にはたくさんのサラリーマンが街頭に出てきて食事と立読みをしています。
S06b

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都営新宿線九段下駅

S05b_1 上の写真は靖国通りの九段坂にかかる歩道橋からの九段下方向です。この坂下の両側の歩道に出入口1、2があります。右の四角いのっぺらぼうな建物は戦中戦後の苦しい国民生活を今に伝える昭和館で、その右の瓦屋根は九段会館です。
歩道橋の右は北の丸の田安門、左は靖国神社入口の大鳥居です。大鳥居からの広い参道を進むと遠くに銅像や2の鳥居が上からだんだん見えるようになるので、九段坂の坂が実感できます。
下の写真は出入口6越しの九段下交差点で、右の角の高層ビルはオフィスとマンションのまだ新しい北の丸スクエアです。通りの先には並木の上に大鳥居の頭が見えます。
S05a

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都営新宿線市ヶ谷駅

S04a 上の写真は市ヶ谷橋からの外濠で、左はJR市ヶ谷駅で線路の先は外濠を埋立てた四ツ谷駅です。正面の白い高層ビルの右側の靖国通りの地下の新宿線は、こちらに斜めに外濠とJR駅のホームを横切っています。
靖国通りは市ヶ谷橋の坂下で右折し坂上のJR駅前で左折します。
下の写真はJR駅前からの靖国通りで交差点を挟んでメトロ有楽町線と共用の出入口A1、A2があります。ここからの靖国通りは両側にオフィスビルが建ち並ぶ街並みです。
市ヶ谷橋は市ヶ谷見附けとも云われる濠の中の上り坂の土手です。見附けとは見張り所のことで江戸時代に外濠を通っての往来を監視するための番所がここに置かれていました。
S04b 

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都営新宿線曙橋駅

S03b新宿三丁目駅から靖国通りに入って次は曙橋駅です。上の写真は駅名の由来の靖国通りを跨ぐ陸橋の曙橋で、橋の下の両側に出入口A3、A4があります。
この橋は左の牛込と右の四谷の2つの高台を結ぶため昭和31年にでき、公募で曙橋と名付けられました。ここで外苑東通りと立体交差になっています。
下の写真は200m西の出入口A1を出た住吉町交差点にある曙橋通り商店街の入口です。
この通りの300m先にあったフジテレビが8年前にお台場に移転しました。それまではフジテレビ通りと云われテレビ関係者で賑わっていたのが一時寂れたそうですが、その後跡地に高層マンションができ、周辺にも中型マンションが増え商店街は以前より賑わっているそうです。
S03a_1

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都営新宿線新宿三丁目駅

S02a 新宿線は新宿駅をでてから甲州街道から新宿通りを斜めに横切って靖国通りの地下に移動します。その間のビルの地下に駅があります。上の写真は新宿通りに面した出入口C4(右に駐車しているトラックの背後)でこの100m左に伊勢丹のある新宿三丁目交差点です。
下の写真はC4の100m右の新宿二町目交差点の通りに面した出入口C7です。C4からは直線距離で100mですがここはもう人影が少なくなります。東新宿の賑わいは三丁目までになっています。
新宿二町目は江戸時代の内藤新宿といわれた頃の中心ですが、その後花街、赤線、ゲイバーと夜の街として変遷してきました。しかし写真の左手にビッグスという大きなオフィスビルや中層のマンションもでき、徐々に夜から昼の街に変貌しつつあるようです。
この通りの突当りの森は新宿御苑です。
S02b

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都営新宿線新宿駅

S01b 京王線は笹塚駅から急行線と各停線に分れ、急行線は京王デパートの地下2階の京王新宿駅へ、各停線は甲州街道の地下に入り初台駅を経て地下5階の都営新宿線新宿駅になります。
上の写真は甲州街道の歩道にある出入口8からの笹塚方向で遠くの超高層ビルはハイアットホテルです。このビルの右(北東)には都庁をはじめ沢山の超高層ビルが林立します。ここは新宿副都心ですが昭和の40年代に淀橋浄水場が再開発され生まれました。
下の写真はJR新宿駅南口のある甲州街道の陸橋の歩道橋からの東方向の写真です。都営線は次の新宿3丁目を目指してこの地下を通っています。この陸橋は今、拡張の大工事中です。JR線の上部に人口地盤を造り道路の拡幅だけでなく、長距離バスターミナルや駅前広場が造られる計画です(写真右側)。
S01a

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