都営浅草線西馬込駅

A1a 上の写真は西馬込駅南口の先の歩道橋からの北向きで、写真の横断歩道の右側に南口があり、1つ先の横断歩道の先の左側に西口があります。その間の地下3階がホームですが、一旦地下4階に下りてから何度も階段があって地上に出る複雑な地下構造になっています。
周辺は大田区北部の住宅地ですが、戦前のまだ武蔵野の面影が残っていた時代に、作家の住居が点在していてお互いに交流していたそうです。その関係から駅近くの住宅地に入る横丁には馬込文士村商店街のアーチが設けられています。
写真の場所からさらに南に行くと東側に浅草線の車庫を渡る長い歩道橋があります。下の写真はそこからの北向きです。左端の線路は地下の西馬込駅からの単線の入庫線で、右側は広い車庫になっています。この歩道橋を渡ると池上本門寺の裏手にでます。
浅草線は第二京浜をさらに南へ多摩川の畔の矢口まで延長する計画でしたが、結局この西馬込駅が終点になりました。
なお、この第二京浜はフランク永井のヒット曲「夜霧の第二国道」の舞台です。
A1b

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都営浅草線馬込駅

A2a 上の写真は馬込駅前交差点の北向きで横断歩道の左右にA3番口とA2番口があります。ここから後方の地下2階にホームがあります。交差点の左右はどちらも住宅街への細い道で商店街はありません。写真左のビルはビジネスホテルです。
下の写真は150m後方の松原陸橋の東向きで上の通りが第二京浜、下が環七通り、その地下を左右(南北)に浅草線が通っています。この左側の歩道のガード下にA1番口があり、地下1階の地下道で改札口につながっています。写真の左端には彫刻が置かれていますが、ここに階段があります。
2つの幹線道路をつなぐため円形の車道が歩道のガードの先(北東)と右手(南西)の角にあり、信号でどちら方向にも行ける簡便なインターチェンジになっています。これは戦前に造られた日本で最初のインターチェンジだそうです。なお、浅草線の開通は戦後の昭和の中頃で、都営最初の地下鉄です。
A2b

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都営浅草線中延駅

A3c 上の写真はA3番口のある大井町線の中延駅入口交差点の北向きです。ここから後方の地下に浅草線ホームが延びています。
正面の鉄橋は東急大井町線で、この交差点を左に入るとすぐ大井町線の中延駅です。この交差点を挟んで両側に商店街の通りがありますが、横断歩道を右に渡った通りは地下鉄中延東口商店街です。
左の大井町線中延駅のすぐ先にスキップロードと呼ばれる中延商店街があります。ここ昔からのアーケードのある賑やかな通りです(下の写真)。この通りは400m先の東急池上線の荏原中延駅まで続いています。
ここは大正時代は竹薮だったのが昭和の始めに大井町線と池上線の2つの駅が開通してから自然発生的に生まれたそうです。この通りでは夏に青森のねぶた祭りが行われています。
池上線、大井町線、目黒線(旧目蒲線)の東急沿線は駅前商店街の賑わう街が多いようです。
A3b

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都営浅草線戸越駅

A4a 上の写真は戸越銀座交差点の1つ南の横断歩道から北向きです。この右にA1番口が、車が停まっている交差点の左右にA2、A3番口があり、その間の道路下がホームです。
地名は通りの右が戸越、左が平塚で、道路沿いには高いビルが建ち並んでいます。これらは大半が1階が店舗のマンションです。
下の写真は交差点の両側に長く伸びる賑やかな戸越銀座商店街です。交差点の200m左に池上線の戸越銀座駅があります。
池上線は大正末期に池上本門寺への参詣客輸送用として造られました。当時の戸越、平塚はまだ田畑でしたが池上線ができた頃の関東大震災で、被災者が多数沿線に移住してきて今の住宅地になりました。それに伴いこの商店街も生まれました。
A4b 

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都営浅草線五反田駅

A5b 上の写真はA4番口からの山手線五反田駅ホームと桜田通りのガードです。ここから後方の地下1階にコンコース、地下2階が浅草線ホームです。
左手は広い駅前広場の東口です。山手線の向うに見える西口のビル群は1階に店舗や銀行があり東口より賑わっています。
東口はこの桜田通り沿いより、左方にある東急デパートが面した八ツ山通り沿いが賑わっています。
下の写真はガードの150m先にある目黒川の橋の上からの東向きです。どぶ川といわれたこの川もきれいになってきました。それにあわせ川沿いには次々と新しい高層マンションが建てられています。
正面の高架は山手線の上を越して都心へ乗入れる予定で造られた池上線です。都営浅草線建設時、池上線との直通運転が考えられましたが、工事の大変さから実現しなかったようです。
決局、東口の東急デパートの5階が終点のままになりました。
A5a

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都営浅草線高輪台駅

A6a 浅草線は泉岳寺駅の第一京浜から市街地を経て、第二京浜(桜田通)の高輪台交差点の地下に移動して高輪台駅です。上の写真は高輪台交差点の北向きです。右の地下鉄マークはA1番口でその向う隣では大型マンションの建設工事中です。A1番口の横に地下鉄のエレベータ工事の掲示がありました。
こちら隣もマンションを1つ挟んで大型マンションの建設工事中です。高輪台はマンション街です。
ここから横丁の路地を入ると曲がり角と坂と階段と行き止りの多い迷路のような場所です。下の写真は高級マンションが両側に建つ路地で、写真左上の白いビルは高輪プリンスホテルです。この一帯は戦前まで高貴な方々の邸宅でした。
路地を出て広いホテル敷地の壁沿いに坂を下ると品川駅西口です。
A6b

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都営浅草線泉岳寺駅

A7a 上の写真はT字路の泉岳寺交差点の南向きで、右に曲るとA2番口でその100m先が忠臣蔵で有名な泉岳寺です。ここから後方の地下2階にホームが延びています。この駅は品川駅への京急線と、高輪台駅への浅草線の分岐駅です。
道路左側に並ぶビル群の裏手には京浜東北線を挟んでJRの車庫が拡がっています。この第一京浜国道は江戸時代は海岸沿いの東海道でした。
明治5年に新橋~横浜間の鉄道が始めて開通したとき、新橋~品川間は用地が取得できず、海中に石を積み上げて線路が敷設されました。それが今の京浜東北線です。その後どんどん埋立てられ線路の向うに芝浦埠頭や大井埠頭ができました。
ここまで来たので泉岳寺にお参りしました。山門の左手には高い台座の上の大石内蔵助の銅像があります。山門を入ると本堂で左手は赤穂義士記念館と47義士のお墓です。夕暮れ時でしたがお参りの人が多く、線香の煙が今も絶えないようです(下の写真)。
A7b

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都営浅草線三田駅

A8a 上の写真は田町駅西口交差点南の大きな歩道橋からの新橋方向です。ここから向うへ浅草線ホームが延びています。
交差点の右手はJR田町駅の駅前広場で、歩道橋の右方向も橋上駅のJR駅につながっています。交差点を左に渡ると、慶応大学への通学路の慶応仲通商店街です。
右端の白いビルは地下にレストラン街のある森永プラザです。その2つ向隣の大きなビル前から左斜めに日比谷通りがあり、その地下に三田線ホームが浅草線ホームと突合せの形になっています。
歩道橋を左に下りると繁華街の通り(下の写真)で、ここにホーム南端のA2番口があります。この通りも慶応大学への通学路の1つになっています。
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都営浅草線大門駅

A8c  上の写真は大門交差点の東方向で、この左右の地下1階が浅草線ホームで、地下3階がコンコース、ここから向こうへの地下5階が大江戸線ホームです。写真右手の黒い高層ビルは世界貿易センタービルで、その向う隣には東京モノレール浜松町駅を挟んで、JR浜松町駅があります。
世界貿易センタービルは昭和の中頃、都バスの車庫跡にモノレール駅と併せて造られた初期の高層ビルです。その関係で南側には高速バスのバスターミナルもあります。
下の写真は交差点の後方150mにある、駅名の由来の増上寺の大門です。車道の先に見える門は三門、その上に飛び出した瓦屋根が増上寺本殿です。東京では珍しくなった瓦屋根が3つ並んでいます。
写真右上には東京タワーも見えます。この車道は三門前の日比谷通りまでです。
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都営浅草線新橋駅

A10e 東銀座駅から隣の新橋駅まで歩いて見ました。途中の銀座八丁目にエスカレータ付の大きな歩道橋があります。上の写真はそこからの南向きです。
正面は汐留シオサイトの高層ビル群で、右は高層ホテルの三井ガーデンです。ビル間に東京高速道路も見えます。浅草線はこの直下の昭和通りから、右と左へのS字カーブで第一京浜に移動します。
下の写真は第一京浜をまたぐ3階のゆりかもめ駅と2階のコンコースで、左はシオサイト、右はJR駅前ビルです。この通りの地下2階にホームがあります。地下1階は広いコンコースでシオサイトにつながっています。
シオサイトは地下と地上の区別のつかない新しい都市空間で初めてだと戸惑いますが、以前からのJR駅前ビルの地下1階は昼間は食事のできる飲み屋街になっています。
たいてい外食チエーン店で昼食をとりますが見当たらなかったので、この中の一番どりの提灯のかかった店で親子丼を食べました。やはりその場で調理人が作ってくれる親子丼の味は本物でした。
A10c

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