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2008年6月

都営大江戸線新宿西口駅

E01a ここが光が丘駅からの大江戸線の最後の駅です。次の終着の都庁前はすでに一度通っています。
上の写真はD5番口の歩道からの南向きで、前後は新宿西口駅前通り、左右は青梅街道です。
この交差点の下から向うへの地下4階がホームです。
交差点の右方向には新宿副都心の超高層ビル群が聳え、左方向はすぐJR線のガードです。
駅前通りの右側は看板とネオンのビルが並びますが、左側は低層家屋の新宿西口商店街で、その向うは新宿駅西口のある小田急デパートです。
下の写真は横断歩道を渡った新宿西口商店街の思い出横丁の入口です。このすぐ左のJR線沿いにはやきとり横丁の入口もあります。
この一帯は戦後の闇市の名残の街で、何度も再開発の計画がありましたが実現せず今に至っています。
横丁内は一杯飲み屋が多く、入口左の店はまだ午前中でしたが営業中でした。
この路地の奥には東口へ抜けるトンネルもあり、歌舞伎町や新宿三丁目とは一味違う新宿を楽しめる一画になっています。
E01b

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都営大江戸線東新宿駅

E02a 上の写真はA1番口を出た歩道からの東向きで、前後は職安通り、左右は明治通りの交差点です。
この前後の地下3階に大江戸線ホームが、ここから左の地下6階に開通したばかりの副都心線ホームがあります。
交差点周辺には新しい高層のマンションやホテルが建ち並びます。
駅名は東新宿ですがここは新宿の北東の端で、職安通りの左側(北)にはアジア系住民の多い下町の大久保が広がります。
下の写真は交差点の対角点にあるA2番口からの南向きで、交差点の南西は大きな駐車場になっています。
右側のビル群は明治通りに面したビルの裏側です。
ここは昔の日本テレビの跡地で大江戸線、副都心線の駅ができて便利になったことから再開発が予定されています。
巨大な繁華街の新宿でここだけが人影が少なく「新宿のチベット」と呼ばれた地区ですが、数年後には生まれ変わることになります。
E02c

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都営大江戸線若松河田駅

E03a 上の写真は抜弁天通りのT字路の若松交差点の東向きで、左端のマンションの1階に河田口があります。
この通りの左(北)側が新宿区若松町、右(南)側が新宿区河田町で駅名はこの2つの地名を併せています。
この交差点から後方(西)の地下3階にホームが伸びており、100m後方の右手に若松口があります。
若松口の裏側には小倉藩の殿様だった小笠原伯爵邸があり、今は結婚式によく利用される高級レストランになっています。
T字路の右折の道を150m進むと東京女子医大病院の古めかしい本館です(下の写真)。
この周辺一帯は女子医大と付属病院の施設が建ち並びます。
吉岡弥生女医が明治33年に創立したこの東京女子医大は今も女学生だけの医大ですが、付属病院には男性の医者もたくさんいるようです。
小笠原伯爵邸側の若松口にはエレベータがありますが、病院へのアクセスの河田口は長い階段を歩かなければなりません。
本館の左横に新宿駅からのバスターミナルがあるので、階段がきつい外来患者はバスの方がいいようです。
E03b

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都営大江戸線牛込柳町

E04b 上の写真は西口近くからの大久保通りの東向きで、下り坂の通りは150m先の市谷柳町交差点から上り坂になります。
かってこの交差点は窪地にあるので排気ガスのスモッグが溜まるとして、公害問題で騒がれたことがあるそうです。
この後方から坂下の交差点までの地下3階にホームがあり、右後方の路地内に西口、左から2番目のビルの1階に東口があります。
西口はお寺の一画で駅前には何もないですが、路地を奥に進むと牛込原町小跡地の幼稚園と成城中・高です。
東口は裏通りにも通じており店舗がいくつか並んでいます。
下の写真は市谷柳町交差点からの外苑東通りの南向きです。
外苑東通りはこの交差点を挟んだ数100mだけが2車線なので現在、道路拡幅計画が進んでいます。
右側の道路奥に新築の高層マンションが並んでいますが、この線が拡幅後の道路位置になります。
計画には長期間要するのを見込んで、新築マンションの前に低層建築を歩道まで拡張して営業している店もありました。
E04d

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