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2008年1月

都営三田線巣鴨駅

I15c 巣鴨は爺さん婆さんに人気のとげぬき地蔵のある街です。ホーム北寄りのA3番口が最寄口で、そこは白山通りの広い歩道の中です(上の写真)。
写真正面が上下のエスカレータと階段が並んだ大きなA3番口で、その右にアーケードのある店舗が並びます。歩道にはベンチも置かれています。
ここから向うへの車道の地下にホームが伸びており、その先端にあるA1番口は山手線巣鴨駅の乗換口になっています。
写真の歩道を後方に進むとすぐ巣鴨地蔵通り商店街の入口です。ここは年配者向けの衣料品の店や饅頭、せんべい、お茶など昔風のみやげ物店が並びいつも賑わっています。
商店街の中ほどにとげぬき地蔵の高岩寺があり線香の煙が立ち込めています(下の写真)。
さらに商店街を進むとお猿さんを祀る庚申塚があり、そのすぐ先が都電荒川線庚申塚駅です。この通りは旧中山道で、幹線道路の白山通りと併行しています。
I15b

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都営三田線千石駅

I14c 上の写真は三田線が通る右の旧白山通りが左の白山通りに合流する交差点からの北向きで、ここから向うの地下2階にホームが伸びています。
右の歩道にA1番口が見えます。この200m先に不忍通りとの大きな交差点があり、そちらにはA3、A4番口があります。
駅周辺は中小のオフィスビルとマンションが混在する街です。
A1番口から右の横丁を入ると駕篭町小と村田女子高があり、その先に広々とした文京グリーンコートのビル街があります。
そこには2棟の超高層マンション、超高層のオフィスビル、低層の商業ビルと並び、オフィスビルと商業ビル間は大屋根で覆っています(下の写真)。そして商業ビルには大丸ピーコックやレストラン等が入っています。
この周辺には日常の買物や食事ができる場所が少ないので、自転車でここまで来る人も多いようです。
なお、ここは理化学研究所から派生した科研製薬跡地の再開発です。
I14d

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都営三田線白山駅

I13c 上の写真はA3番口のある白山坂中腹からの北向きで、ここから後方のかなり深い地下1階がコンコース、地下2階がホームです。A1番口は150m後方の坂下にあります。
表通りは中小のビルが並びますが、ここは寺社と学校の多い街で、その代表が白山神社と東洋大学です。
左の駐輪場の向うがA3番口で、その先にエレベータ口がありますが混雑するので学生の利用自粛の掲示がなされています。
右の車道はこのすぐ先の坂上の交差点で右折する車が多いのでいつも渋滞しています。
エレベータ口から左の路地を100m進むと白山神社です(下の写真)。加賀の霊峰白山に由来する古くからの神社で6月のあじさい祭りが有名です。白山神社は高台にあり、坂下から長い石段を上ってこの境内に来るのが昔の正規のルートのようです。
本殿の後の大きなビルは東洋大学で、神社の裏庭を抜けるとキャンパスの入口にでます。
I13d

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メトロ丸ノ内線中野坂上駅

M6c 西新宿から隣駅の中野坂上まで青梅街道を西へ歩いてみました。成子坂の緩い下り坂を進むと北側に広い更地が現れます。道路わきに北新宿一丁目再開発地域の都の掲示板があります。更地の先が神田川に架かる淀橋でそこから緩い上り坂で中野坂上になります。
上の写真は淀橋手前からの東方向で、遠くの両側を高層ビルに挟まれた空間が工事中の新設道路です。
これは北新宿百人町交差点で職安通りにつながる道路で、この一帯は狭い路地の低層民家が密集する地域でした。新設道路はこの右で30度右方向の青梅街道と合流し淀橋を渡ります。
下の写真は中野坂の途中からの中野坂上交差点方向で、左右の高層ビルの下が交差点です。手前は表通りに面した更地で右は民家です。
中野坂上は交差点の三隅に超高層ビルが聳えていますが、その裏側は写真のような低層家屋の並ぶ街並みです。
交差点から向うへの地下2階に丸の内線ホームが、右方向の地下5階に大江戸線ホームが伸びています。地下1階には3つの超高層ビルを結ぶ地下道があります。
M6a

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メトロ丸ノ内線西新宿駅

M07c 上の写真は青梅街道北側の1番口からの通り越しの南向きで、横断歩道の先の小屋が南側の2番口です。この通りの地下2階にホームが、地下1階にコンコースがあります。
写真左の超高層ビルは新宿アイランド、右が東京医大病院で、中央遠くは超高層の新宿副都心です。
地下1階のコンコースからは長い地下道が向うに伸びています。
ここは40年前までは淀橋浄水場のある寂しい場所でしたが、浄水場が武蔵野市境に移転して跡地が再開発され、日本で最初の超高層ビル街が誕生しました。
下の写真は100m西の青梅街道越しの北向きです。中層のマンションに両側が挟まれた成子天神の参道が正面の鳥居から奥に続いています。成子天神は江戸時代からの由緒ある天神様です。
青梅街道の北側には表通りはビルが建ち並びますが、その裏側は今も細い路地の低層の住宅街で、昔の長屋の木賃アパートがいくつも見受けられます。
この住宅街を挟んで300m北側では都市計画道路が工事中で、ビル化の勢いはここにも及んできそうです。
M07d

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メトロ丸ノ内線新宿駅

M8a 上の写真はホーム東端の改札のA8番口からの新宿東口駅前広場の西向きです。正面にはJR線が横たわり、その向うは新宿駅西口の小田急ビルと、その先の新宿副都心の超高層ビル群です。ここから時計台のあるパレットビルの地下2階にホームがあり、地下1階は新宿三丁目からのコンコースです。
写真右の新宿通りはJR線の手前で右にカーブして150m先でガードのある大通りの交差点に出ます。ここが都心からの靖国通りがガードをくぐって青梅街道と名前が変わる交差点です。
下の写真はホーム西端の改札のE番口(エレベータ)を上がった駅西口の小田急ビル前の歩道デッキからの西向きです。歩道デッキは右の小田急ハルク(ビックカメラ)の前から正面の超高層のエルタワーまで伸びています。その左に細長いまゆ形の奇抜なデザインのモード学園のタワーが建設中です。副都心の超高層ビルが西口駅前まで拡がってきました。
丸ノ内線は写真の直下から歩道橋の先を右カーブして青梅街道に移動し隣の西新宿駅に向かいます。
M8b

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メトロ丸ノ内線新宿三丁目駅

M9a 上の写真は新宿三丁目交差点の西向きです。ここが江戸時代の青梅街道と甲州街道の追分(分岐路)で、100m左が今の甲州街道起点の新宿御苑トンネルの出口で、その先に高島屋があります。
交差点の先から向うへの地下1階に新宿駅西口までの長いコンコース、地下2階にホームがあります。交差点を横切って高島屋にも通じる副都心線ホームも近く開業予定です。またこの少し背後の右手斜め方向に新宿線ホームも伸びています。
右の角は伊勢丹旗艦店、左の角の三菱UFJの隣には丸井と三越がならぶ新宿の中心です。丸井は現在建替え中です。
下の写真はこの200m南東の新宿御苑新宿門の東向きです。中央の建屋は情報センターで右が門、左は大木戸門からの遊歩道です。
ここに来るまでに別の丸井のビルが3つありました。伊勢丹のビルも近くに他にもあり、この界隈は老舗デパートが競い合っている場所です。
M9b

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メトロ丸ノ内線新宿御苑前駅

M10a 上の写真は右の歩道に2番口のある新宿通りの西向きで、ここから向うの地下1階にホームが伸びており、150m先の左の歩道に1番口があります。
通りの両側には中型のオフィスビルがずらりと並びますが、この通りが江戸時代の内藤新宿の中心街でした。内藤新宿は甲州街道と青梅街道からの江戸への玄関口でした。
左のビルの裏側には広大な新宿御苑がありますが、これは信濃高遠藩邸跡で当主の内藤家がこの宿場の取締っていたことから内藤新宿と呼ばれていました。
下の写真はここから200m後方にある新宿御苑の大木戸門の西向きで、新宿御苑と右の車道の間に遊歩道があります。
これは多摩川の水を羽村から江戸に供給した玉川上水跡で、この近くの四谷大木戸に水番所があり江戸市中への給水の管理が行われていました。
なお玉川上水の上流は北多摩の狭山湖と多摩湖を経由して今も東京都の水道水の供給に利用されています。
M10b

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メトロ丸ノ内線四谷三丁目駅

M11a 上の写真は3番口を出た四谷三丁目交差点の西向きで、右手の茶色のビルは消防博物館です。
四谷は四谷怪談のお岩で有名ですが、ここから200m左の住宅街のなかにそのお岩稲荷神社があり、今も人気が高いようです。江戸時代の四谷は下級武士の屋敷街で、ここに嫁いだ働き者のお岩さんのおかげで婚家が栄えたことから屋敷が神社になったそうです。
2番口の地下1階が消防博物館の入口で、そこには江戸時代の火消しから消防車のクラッシックカー、消防ヘリコプターなど消防関係の展示がなされており入館無料です。
下の写真は消防博物館最上階からの新宿通りで、その先がトンネルになっています。これは新宿通りのバイパスで新宿御苑を地下トンネルで抜け甲州街道(国道20号)になります。
丸ノ内線はトンネル手前の交差点で少し右にカーブする旧新宿通りの地下を通って隣の新宿御苑前駅へ向かいます。
M11b

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都営新宿線菊川駅

S12b 上の写真はA2番口から出た交差点の東向きで、この交差点の地下1階がコンコース、地下2階がホームで、交差点の4角にA1~A4番口があります。写真では高いビルは見られませんが交差点を右に曲ると高層マンションもあります。
交差点の左角にパチンコ屋がありますが、その近くに火付盗賊改方、長谷川平蔵の屋敷跡があり記念碑も建てられています。
この300m先に運河の大横川を渡る菊川橋があり、下の写真はそこからの上流方向(北)です。川の両側には遊歩道があり、低層のマンションが建ち並びます。正面の青い橋は菊柳橋で、その先の白い高架橋は竪川の上の首都高小松川線です。大横川はそこから上流は細長い親水公園になります。
この菊川橋の左詰には大空襲による菊川周辺の殉難者三千余名を弔うお地蔵さんが祀られています。この周辺は安政の大地震、関東大震災、そして東京大空襲と3度にわたり焼け野原になりましたが、その都度蘇ってきた街です。
S12a

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都営新宿線森下駅

S11a 隣の浜町公園駅から隅田川を横断して江東区の森下駅になります。上の写真は右手にA3番口のある歩道からの東向きで、すぐ先の交差点から後方の地下2階に新宿線ホームがあります。交差点を左右に横切る地下3階には大江戸線ホームがあり、地下1階がコンコースです。
ここから右手の横丁に入るとすぐに深川神明宮があり、入口の鳥居に「深川発祥の地 深川神明宮」の幕が掲げられています(下の写真)。
墨田川対岸のこの地一帯は家康の江戸入城時は遠浅の海でした。江戸の町の発展とともに、人々が住む新しい土地や農地が必要となり、大阪から来ていた深川八朗右衛門が新田を開発し、その土地を“深川村”と名付けたのが現在の深川のはじまりとされています。
深川は今の江東区に相当する広い領域の俗称で、森下駅周辺も以前は深川森下でしたが、今は森下となりました。
隅田川東岸は、昔は上流から向島、本所、深川と呼ばれていました。
S11b

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メトロ丸ノ内線四ツ谷駅

M12a 上の写真は駅ホームからの南方向で、ホームドアの先は上智大グランドで高台のビルはニューオータニです。隣の赤坂見附駅から外濠外周の地下を通ってきた丸ノ内線は、右手の崖から地上に出てこの四ッ谷駅ホームになっています。
ここは昔の外濠内ですが濠の水がなくなり、濠底に上智大グランドとJR四ツ谷駅ホームがあり、濠底の2階に丸の内線ホームがあります。濠底から3階の高さが地上レベルなのでホームの両端は地下1階のトンネルです。
下の写真は四ツ谷駅前の陸橋からの新宿通りの西向きで、陸橋の下はJR四ツ谷駅ホームです。JRと共用の橋上駅が陸橋を渡った左手にあり、丸ノ内線はそこから左カーブして新宿通りを向うに進みます。
陸橋の先の交差点を横断した地下3階には南北線ホームがあり1番口から長いエスカレータで連絡しています。
M12b

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