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2007年12月

メトロ南北線駒込駅

N14c 上は2番口のある駒込橋交差点の北向きの写真です。道路の先が少し盛り上がったのが駒込橋で、下を山手線が通る陸橋です。右の歩道のその橋の両詰にJR駅北口、南口と3、4番口があります。
ここから向うへの地下1階がコンコース、地下2階がホームです。
駒込の繁華街はこの250m東のJR駅東口のある駒込銀座通りです。
写真の2番口の左には六義園の通用門と長いレンガ塀が続きます。正門は400m南になります。
六義園は五代将軍徳川綱吉の側近で幕政を取り仕切った柳沢吉保が造園した日本庭園です。吉保の文学的造詣の深さを反映した繊細で温和な庭園になっています。
庭園は明治時代に入って三菱の創業者である岩崎家の所有となり、昭和13年に東京市に寄付されて一般公開されました。下は六義園の藤代峠と名付けられた人工の山からの写真です。
右奥の大きなビルは旧理化学研究所跡地を再開発した文京グリーンコートでスーパーとレストラン街、オフィスビル、高層住宅などがあります。
N14b

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メトロ南北線本駒込駅

N13a_4 上の写真は長いコンコースの中程のE番口(エレベータ口)の前の歩道橋からの本郷通りの北向きです。この前後の地下1階がコンコース、地下3階がホームです。通り両側には背の高いマンションが立ち始めていますが、この周辺は裏通りにたくさんのお寺がある寺町です。
ここは江戸時代にたびかさなる大火から神社仏閣を守るため、江戸市中から郊外に移転させた場所の1つです。
下の写真はこの400m先にある本駒込最大の吉祥寺です。明暦の大火で今の水道橋にあった吉祥寺が焼け、お寺はここに移転しましたが、門前町の人々は家を失い武蔵野の原野を切り開き住み着きました。この武蔵野市吉祥寺はお寺はありませんが、繁華街のある中央線吉祥寺駅として有名です。
また当時の吉祥寺には僧侶の学校の栴檀林がありましたが、それが駒澤大学の起源になっています。
N13b

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メトロ南北線東大前駅

N12a 上の写真は長いコンコースの南端の1番口からで、左側に長く続く森は東大です。この森のこちらの端が1番口です。赤信号の横断歩道が見えますが、この左に農学部の門があります。このずっと先に東大正門、さらにその先に有名な東大赤門があります。赤門へはこの東大前駅より丸の内線か大江戸線の本郷三丁目駅の方が便利です。
下の写真はコンコースの北端の2番口にある歩道橋からの南向きです。少し右にカーブする先の森が東大で、そのこちら隣のビルにはケア付高齢者マンションの案内が掲示されていました。右の茶色のビルは文京学院で、白い高層マンションを挟んで向う隣に文京六中があります。
N12b

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メトロ南北線後楽園駅

N11a 上の写真は背後が東京ドームの歩道デッキからの北向きで、電車は高架の丸の内線で左はメトロエムの駅ビル、右のビルは超高層の文京区役所です。
隣の飯田橋駅から東京ドームの地下を通って、この道路の地下6階に南北線ホームがあります。区役所の角には春日通りがあり、その地下3階には大江戸線春日駅ホームがあり、区役所の左の通りの地下1階には三田線春日駅ホームがあります。
時間がかかりますがこの4つのホームは地下道で連絡しています。
下の写真は区役所の最上階の展望台からの西方向です。中央の線路は丸の内線で、左は東京ドームに接する小石川後楽園の庭園、右は小石川の高台にある中央大学のキャンパスと校舎です。この展望台からは南の東京ドーム方向は死角になります。
N11c

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メトロ有楽町線池袋駅

Y9a_2 上の写真は繁華街にある40番口からの西向きで、正面のビルは西武デパートです。そこから向うへの地下1階がコンコース、地下2階がホームです。池袋駅は南北に西武線、JR線、東武線のホームが並んでおり、その下を横切る東西の北、中央、南の3つの地下のコンコースがあり、有楽町線ホームは南のコンコース、丸の内線ホームは中央のコンコースの下にあります。
これらをつなぐ南北のコンコースや東西の駅前広場の地下道もあり、池袋駅周辺の地下は巨大な迷路のように入組んでいます。
下の写真は有楽町線コンコースの東端の3番口からの西向きで、正面は噴水のある池袋西口公園です。左の奇抜な大きなビルは東京芸術劇場です。ここは大、中、小1、小2の4つのホールがありオーケストラ、演劇、歌劇、舞踊などの公演が行われています。
有楽町線はこの公園の地下からビル街に入り要町通りに移動して、隣の要町駅に向かいます。
Y9b

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メトロ有楽町線東池袋駅

Y10a 上の写真はホーム東端の階段の5番口からの東向きです。ここから向うへの地下1階に長い地下道、地下2階にホームがあります。
左の電車は都電荒川線で電車は道路を渡るため信号待ちしています。左側上部は首都高の高架です。
通り右側には超高層マンションが2棟聳えています。特に後の白いマンションはその後方に聳えるサンシャインビルに負けない高さを誇ります。
5番口から通り左へ民家の路地に入るとすぐコンクリ塀に囲まれた大きな雑司が谷霊園があります(下の写真)。
これは明治のはじめ墓所を持たない東京市民のために、市営の共同墓地として造営されました。ここには永井荷風、夏目漱石、泉鏡花、竹下夢二など多くの明治の文化人のお墓があるので有名です。
東京都心には他に青山霊園がありますが、そちらは大久保利通、犬養毅、乃木希典などが眠っており、こちらの方が庶民的だったのかも知れません。
Y10b

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メトロ有楽町線護国寺駅

Y11a 上の写真はホーム北端の階段の1番口からの南向きの音羽通りです。ここから向うへの地下深くにコンコースとホームが伸びています。
1番口は護国寺の仁王門前にあり音羽通りはここでT字路の交差点になります。通りの両側にはびっしりと高層マンションが建ち並んでいます。
音羽通りは谷筋の道でマンションの裏手は高台で、横道に入るとすべて急な上り坂になります。
高台は昔の屋敷町ですが今はお茶の水大、教育大付属、跡見学園、東京音大付属、独協高・中など学校の多い文教地区になっています。その一画に有名な鳩山家の音羽御殿もあり一般にも公開されています。
下の写真は高台にある護国寺の本堂と境内です。裏手の墓地は広く立派なお墓もたくさんあります。この護国寺は徳川将軍家の祈願寺で歴代将軍が大勢のお供を連れ度々参詣したので、将軍御成道として音羽通りが整備されました。
当時の音羽通りは賑やかな門前町だったのでしょうが今はマンション通りに変わりました。
Y11b

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メトロ有楽町線江戸川橋駅

Y12c 上の写真は一箇所しかない改札口から階段を上った3番口からの目白通りの西向きで、この通りの地下2階にホーム、地下1階が長い地下道です。通りの右手の高架は首都高池袋線で、その右に神田川が流れています。表通りは中小のビル、裏通りは中小マンションと民家の街並みです。
長い地下道を西(前方向)に進むと神田川に架かる江戸川橋の畔の1a番口で、傍の大きな交差点の角には銀行とオフィスビルがあり、地下鉄客の大半はこちらの出口を利用します。
下の写真はその橋の上からの神田川でこの上流は両側が高台の谷筋になります。右岸に見えるのは江戸川公園の遊歩道で、その先の高台には日本庭園で有名な椿山荘があり、左側の遠くには高層の早稲田の校舎が高台に聳えています。
有楽町線はこの橋の下を通って目白通りから音羽通りに移動します。
Y12b

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メトロ有楽町線、南北線飯田橋駅

Y13a 上の写真は飯田橋交差点の歩道橋からの南西向きの外堀通りで、ここから向うへの地下1階がコンコースで、地下2階に有楽町線と南北線のホームが並んでいます。コンコースの向うの端のB3番口は神楽坂で、人気のある細い通りの商店街の入口です。
通り左の高層ビルは都の施設の飯田橋セントラルプラザと都営アパートです。この裏側にJR中央線ホームがあります。
下の写真は同じ歩道橋からの逆向きで、正面の高架は神田川沿いにカーブする首都高池袋線です。有楽町線は左下から左上へ、南北線は左下から右上へ進みます。
この交差点は左方向への大久保通りの入口もある5差路で、その左から右下への東西線、同じく左から上の街中への大江戸線と、この交差点は4本の地下鉄が通っています。
この右下はすぐ中央線ガードで、そこガード下にJR東口があります。
飯田橋駅は地下道が複雑で出口を間違えるととんでもない場所にでます。一度この歩道橋の上から各地下鉄のルートを確認すると飯田橋の土地勘ができます。
Y13b

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メトロ有楽町線市ヶ谷駅

Y14b 上の写真は外堀通りからの外濠越しのJR市ヶ谷駅ホ-ムです。対岸から外濠の地下にかけて斜めに有楽町線ホームがあり、その北端(こちら側)が外堀通りの地下4階の南北線ホームの北端と並んでおり、右の歩道に共用の5、6番口があります。
対岸の高台には大きなビルが並んでいますが、中央右よりのビルの谷間が地下に有楽町線が通る日テレ通りです。
下の写真はJR市ヶ谷駅前交差点からの日テレ通り入口で、右の黒い建物がJR駅です。この交差点は3差路で右は外堀通りにつながる市ヶ谷橋で、左は靖国通りです。
ここから左に新宿線ホームが、後方に有楽町線ホームが伸びています。
この交差点は人と車が集中する狭い場所ですが、地下は3本の地下鉄線とJR線の連絡通路がある複雑な構造になっています。
Y14a

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メトロ有楽町線麹町駅

Y15c 上の写真はホーム北端の階段の5番口からの日テレ通りの南向きで、通りは谷を経て突き当たりの麹町大通りの交差点に出ます。
この地下2階に新木場方面ホームと地下3階に和光市方面ホームがありますが、谷の底では地下1、2に相当するはずです。
このすぐ背後に日本テレビの旧本社ビルがあるで日テレ通りになっていますが、今は本社は汐留に移転しました。
下の写真はホーム南端の階段の4番口のある麹町大通りの交差点の東向きで、有楽町線は右端のガラス張りのビルの地下を通ってビル横の筋違いになった通りに移動しています。
麹町大通り沿いには大きなオフィスビルがずらりと並びますが、裏通りは高級マンションも目に付きます。学校と大使館が多い街で、千代田区立の麹町小、中もあります。
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メトロ千代田線根津駅

C14a 上の写真はホーム北端の階段の1番口の根津交差点からの北向きで、1番口は左手にあります。
この駅から3つ先の町屋駅まで千代田線は地下1階が代々木上原方面、地下2階が綾瀬方面と上下に重なった構造になっています。そのためホーム南端の階段の2番口も通りの西(左)側で東側には出入口はありません。
表通りは背の高いマンションが多く、写真左もその工事のトラックとクレーン車です。マンションは1フロア1住居の細長いタイプで、裏通りは低層家屋の民家が多い街並みです。
この先3つ目の信号が根津神社入口交差点です。ここを左に入ると下町の路地のような狭い道で、その奥に大きな赤い鳥居の根津神社が現れます(下の写真)。
境内は広く参道は神橋を渡って楼門、唐門を経て社殿になります。ここはつつじが有名ですが、いちょうの紅葉も見事です。4~5月のつつじ祭りでは出店が並びます。
C14b

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メトロ千代田線湯島駅

C13a 上の写真は湯島天神下交差点からの南向きで、ここから向うへの地下2階にホームがあります。ここを右(西)に進むと切りとおしの上り坂で湯島天神にでますが、1つ先の横丁から行くほうが老舗や長い階段があり風情があります。
湯島天神は学問の神様の菅原道真と梅が有名なので、早春の梅の時期は観梅と受験生の合格祈願が重なり出店が並ぶ境内は人で一杯です。
交差点を100m北に行くと不忍池です(下の写真)。晩秋で池一面の蓮の葉が枯れ、とてもきれいとはいえない景色ですが、多くの人が散歩や水鳥に餌をあたえて遊んでいました。
遠くの青い屋根は不忍池に浮かぶ弁財天で、その後の白い建物は上野精養軒です。店のメニューでハヤシライスはここが発祥の地と知り、久しぶりに味わって見ました。濃厚なハヤシライスでした。
千代田線は不忍池の西岸を掠めながら不忍通りに入ります。
C13b

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メトロ千代田線新御茶の水駅

C12a 上の写真はホーム南端の階段のB3番口からの北向きで、上り坂の本郷通りが右にカーブしています。ここからの地下3階の道路下に千代田線ホームがあり、この後方への長い地下道で靖国通りの地下の新宿線小川町駅につながっています。
通りの左の高層ビルは三井住友海上で、その裏側の駿河台の高台には日大や明大のビル群が聳えています。通りの右側は中小のビル街です。
下の写真は上り坂を200m進んだ北向きで通りが左にカーブしており、その先の坂上の聖橋で通り左手に中央線御茶ノ水駅に連絡するホーム北端の階段のB1番口があります。B1番口はオープンカットの地下街になっています。
通りの左にはお茶の水のシンボルのニコライ堂が見えます。
千代田線はこのまま直進して正面の日立ビル、神田川、湯島聖堂東の地下深くを通って隣の湯島駅に向かいます。
C12c

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メトロ千代田線大手町駅

C11c 上の写真はホーム北端の階段のC1番口からの北西方向で、建設中の大きなビルは官庁の第二合同庁舎です。ここから左後方へ大手町交差点までの地下2階にホームがあります。
官庁といえば霞ヶ関を連想しますが、大手町にも役所のビルがたくさんあります。この向うには気象庁や消防庁の新しいビルもあります。
この交差点を右に入ると政府系金融機関のビル街です。日本政策投資銀行、各種金融公庫ビル、農林中金のJAビルなどが並ぶ通りですが、その中にキャノンの御手洗会長が率いる経団連会館があります(下の写真)。前庭にプールを設けた13階建てで、前面のガラス窓に特徴のある造りですが、経済大国日本の中枢のビルにしては地味な印象を受けました。
日曜日で鉄格子の門扉が閉じられ、屋上から吊るされたゴンドラで窓ガラスの清掃をやっていました。
C11d

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メトロ日比谷線北千住駅

H21a この駅は東武線への乗入れ駅で日比谷線ホームは高架の3階です。2階がコンコース、1階が浅草への東武線ホームです。これに並んで西側に3階のつくばエクスプレス、1階のJR常磐線、さらに地下1階の千代田線ホームもあり、北千住駅は巨大なターミナル駅になっています。
上の写真は東武側の北千住駅東口の学園通り商店街で、この通りは正面の東口から緩やかなスロープの地下道で西口に通じています。歩行者用と自転車用に分離され利用者の多い地下道になっています。
写真のすぐ右手に中高一貫教育の進学校の足立学園があるので学園通りの名前になっています。左手に進むとJT(日本たばこ)の広い工場跡地があり、それを活用した東口再開発が検討されています。
下の写真は地下道を抜けたJR側の西口で、正面の駅ビルと左手の丸井の前が歩道デッキの駅前広場になっています。写真のアーケードの歩道の駅前通りは400m西で日光街道の交差点になります。
H21d

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メトロ日比谷線南千住駅

H20a_2 上の写真は高架の南千住駅ホーム北端からの北東方向で線路の右に隅田川貨物駅が見えます。線路左側の地下1階につくばエクスプレス駅が、さらに左に常磐線の高架駅が併行に並んでいます。
隅田川貨物駅は昭和の半ばまで常磐線で常磐炭鉱の石炭をここまで運んで首都圏に供給する基地で、周辺は東京ガスや石炭関連の工場の街でした。
エネルギーが石油に変わり工場跡地が再開発され、写真正面の汐入の高層マンション街が生まれました。汐入は湾曲する隅田川に囲まれた島のような土地でしたが、水神大橋と千住汐入大橋の2本の橋が隅田川に架けられ、河畔もきれいな公園になっています。貨物駅はコンテナ基地に変わりました。
下の写真はホーム南端からの南東方向で、手前の歩道橋は貨物線を跨いでいます。ここは当時は山谷と呼ばれた日雇い労務者のたむろする街で、彼らが生活するベッド1つの簡易宿所が沢山ありました。
彼らがいなくなって簡易宿所がビジネスホテルに生まれ変わったのが今のこの街です。
写真のビルの多くは低料金で安心できるビジネスホテルです。インターネットで予約して何日も宿泊する外国人が多く、最近は地方の日本人の若者も利用するようです。
H20c_2

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メトロ日比谷線三ノ輪駅

H19d 上の写真は左に2番口のある歩道橋からの北向きで、右に歩道橋を渡れば1a番口があります。ここから正面の交差点までの地下2階がホームです。大通りはこの交差点で少し左に曲がり、100m先で常磐線のガードをくぐります。日比谷線は逆に少し右にカーブして街中に入り、そこから急勾配で高架鉄道になり、高架の常磐線と並んで次の南千住駅に向かいます。
ガードの100m先の横丁を左に入ると下の写真の三ノ輪橋商店街があります。右側には揚物屋と肉屋、左側には魚屋と八百屋と、昔の店屋の名前が使える賑やかな商店街です。
この商店街の裏側にはマスコミでよく取り上げられる都電荒川線が走っており、その始発駅の三ノ輪橋駅がこの商店街の入口になっています。
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メトロ日比谷線入谷駅

H18a 上の写真は入谷交差点南の歩道橋からの北向きで、交差点の先から向うへの地下1階にホームが伸びています。写真の横断歩道の左右に1、2番口が、次の交差点の左に3番口があり、それぞれ行き先別のホームになります。
この背後100mで江戸橋からの高架の首都高上野線が一般道に合流します。写真のように大通りの両側には大型マンションが増えてきていますが、横丁に入ると下町の低層長屋もまだ多く残っています。
交差点の左向き(西)が下の写真で左端は朝顔市で有名な入谷鬼子母神です。初夏には沢山の植木屋さんが朝顔の鉢を境内と歩道に並べて賑わいますが晩秋の今はひっそりしています。
その向う隣は児童数の減少で廃校になっている旧坂本小学校で今もそのまま保存されています。入口は裏側ですが一部は入谷幼稚園になっています。マンションが増えればまた開校するのかも知れません。
この通りの300m先の左手はラブホテル街でその中に鶯谷駅北口があります。
H18d

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メトロ日比谷線上野駅

H17a 上の写真はJR上野駅を跨ぐパンダ橋からの南向きの上野駅前広場です。広場の上には大きな歩道デッキが拡がります。
中央から左にかけて白い首都高上野線が見えますが、この地下2階に日比谷線ホームが、写真の左下から右にかけての地下2階に銀座線ホームがあります。
右手にJR上野駅があり、首都高が伸びる中央のビルの隙間は秋葉原方向への昭和通りで、左端の黒いビルは東京メトロ本社です。上野界隈はまだ中規模の10階建てのビル街です。
下の写真は同じ場所からの西向きで、右がパンダ橋、左下が上野駅、その向うの緑の山は上野公園です。JR上野駅公園口から上野公園に入ると気付きませんが、この写真から上野公園は小高い山であることが実感できます。
明治維新の戊辰戦争で焼け野原となった徳川家菩提寺の寛永時跡地に、明治政府は医学校と病院建設を考えてオランダ軍医のボードワン博士を日本に招きましたが、彼からこの高台は公園にするほうがいいと奨められ上野公園ができました。
その代替地は加賀藩前田家の屋敷跡が選ばれ、今の不忍池の西の東大病院ができました。写真左の高層ビルは不忍池畔のマンションですが、その向うに東大病院があります。
H17b

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メトロ日比谷線仲御徒町駅

H16a 上の写真はホーム北端の階段の4番口にある交差点の北向きで、ここから後方に地下1階にホームがあります。左は1階が書店のNTT、横断歩道の先はメガネドラッグと三菱UFJです。
この交差点の100m左(西)に高架のJR御徒町駅、さらに100m左の中央通の地下1階に銀座線上野広小路駅ホーム、それに交差する地下2階に大江戸線上野御徒町駅ホームがあり、ここから長い地下道でつながっています。何故かこれら4つの駅名がすべて異なります。
この街はJR御徒町駅北口を中心に4つの区画に分けられます。北東が一番賑やかな食料品店が多いアメ横、2番目が南西の松坂屋と吉池、3番目が北東の衣料品店の多い御徒町商店街、最後がこの南東のブロックになります。
下の写真はこのブロックの路地の1つの西向きで突当りにJR線のガードがあります。ブロックのすべての路地に宝石店が並びます。ここは日本一宝石店の多い「ジュエリーおかちまち」商店街です。市価よりも安く買取修理もできるので、宝石に関心のある人が訪れる街です。
突当りのガードの先には魚屋さんからデパートになった吉池があります。
H16c

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メトロ日比谷線秋葉原駅

H15c 上の写真は首都高上野線の高架のある秋葉原交差点の北西方向です。ここから後方に神田川の北岸までの地下2階にホームがあります。
上空でさらに総武線が立体交差しており、その向うには秋葉原の再開発でできた高層のヨドバシカメラが見えます。総武線の鉄橋の下の横断歩道を左に渡ると新装のJR秋葉原駅です。
秋葉原は電気店のある繁華街として有名ですがその賑わいはこの通りまでで、ここから右手(東)は中小のオフィスビルとマンションの閑静な街並みです。
下の写真はホーム南端の階段の5番口の脇にある神田川の和泉橋からの西向きです。前方の橋はJR線でその右側から山手・京浜東北線の高架ホームが伸びています。
右岸のビルはワシントンホテルや都の施設ですが、明治の地図ではこの右に水路と入江が描かれています。
山手線の上野~神田間の高架が完成したのは大正末ですが、それまでは上野~秋葉原間に地上の貨物線がありました。まだ上野からの北への鉄道が日本鉄道といわれていた時代で、秋葉原で鉄道から水路の船に荷物を積み替えでいました。
新しくできた秋葉原駅前広場やヨドバシカメラはその船着場の入江があった場所です。
H15d

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メトロ日比谷線小伝馬町駅

H14a 上の写真は3番口から出て100m先の歩道橋からの東向きの小伝馬町交差点です。その左右の地下1階にホームがあります。道路沿いは中型のオフィスビルが建ち並ぶ街並です。写真左のビル群の一画全体が江戸時代の伝馬町牢屋敷で、多くの罪人が刑死した場所です。
ビル群の裏手のその一画が下の写真の十思公園です。お昼時なので大勢の人が休憩しています。公園の向うの土壁は大安楽寺で、境内に延命地蔵が祀られています。また公園の右手には廃校になった十思小学校を利用した高齢者施設の十思スクエアがあります。
大安楽寺は牢屋敷の処刑場跡で吉田松陰もここで処刑されました。明治になって牢屋敷が市ヶ谷刑務所に移転した後、安田財閥の創始者の安田善次郎が処刑者の霊を慰めるためにこのお寺を寄進しました。彼は日比谷公会堂や東大安田講堂なども寄贈しています。
十思小学校は児童数の減少で日本橋小学校に統合されましたが、十思スクエアは十思小学校の校舎と運動場をそのまま利用しています。
H14b

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