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2007年11月

メトロ日比谷線人形町駅

H13a 茅場町よりの階段のA2番口を出ると甘酒横丁交差点で、上の写真はそこからの人形町通りの歩道の北向きです。ここから向うの人形町交差点までの地下1階に日比谷線ホームが、人形町交差点の左右の地下2階に浅草線ホームがあります。
写真の歩道のすぐ先には人形町商店街のシンボルの時計台が見えます。人形町通りは広い道で左右両端は駐車可能で中央3車線は北向き一方通行になっています。歩道沿いは活気のある商店街で毎月いろんなイベントを行っているそうです。
写真右の道標に左方向は蛎殻町一丁目、東京穀物商品取引所と印されています。案内通りに150m進んだのが下の写真で左の建物がそれです。
明治の中頃まで米の先物取引が盛んでしたが、大阪の堂島と並んでこの蛎殻町がその中心で多くの相場師の栄光と没落の舞台でした。しかし明治の終わりから株式相場が始まり、逆に米取引は規制されるようになって相場師は蛎殻町から隣町の兜町に移っていきました。
今の東京穀物商品取引所はとうもろこしや大豆などを扱っていますが、休みの日には商店街のイベント会場にもなるそうです。
なお、写真の通りの左が蛎殻町、右が人形町で、右に入るとすぐ歴史と風格のある日本橋小学校の校舎もあります。
H13b

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メトロ日比谷線茅場町駅

H12a 上の写真は茅場町交差点の北向きで、そこからこちらの地下1階に日比谷線ホーム、左側の地下2階に東西線ホームが延びています。正面の出入口は5番口で、右端は経済金融関係の出版社が多い渋沢シティプレイスで、周辺は証券会社が多い街です。
通りの先の高架は日本橋川上部の首都高でその下に茅場橋があり、遠くの白い高層ビルは水天宮の傍の新築マンションです。
下の写真は茅場橋からの日本橋川の上流方向で、遠くの橋は東京証券取引所前の兜橋です。
上部の首都高はこの先で楓川の埋立と古川を通る都心環状線と目黒線、日本橋川と神田川を通る都心環状線と池袋線、この背後で隅田川を渡って富岡川の埋立を通る深川線、堅川を通る小松川線、隅田川沿いの向島線とその先の綾瀬川沿いの三郷線となっており、首都高の多くは江戸時代の運河と河川を利用して造られています。
H12b

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メトロ日比谷線八丁堀駅

H11a 上の写真は築地駅よりの階段のA2番口からの北向きで、先に見える交差点から向うの地下2階に日比谷線ホームが、右方向の地下3階にJR京葉線ホームがあります。
写真の位置の右手には細長い桜川公園が、道路の左手には細長く区の施設が並んでいます。この土地は昭和40年代の桜川の埋立地で、それまではその両岸に鉄鋼問屋が建ち並んでいたそうです。
桜川は埋立てで首都高となった楓川と隅田川を結ぶ長さ八丁の堀で八丁堀とも呼ばれ、それが地名になっています。
下の写真は茅場町よりの階段のA4番口を出た右50mにある亀島橋からの亀島川の川下方向で、右手が八丁堀、左手は霊岸島です。遠くに見える高層ビルは隅田川を渡った佃田島の大川端リバーシティのマンション群です。
霊岸島は江戸時代の埋立てでここに霊岸寺がありましたが、江戸時代のその後の埋立地の深川に移転しました。清洲白川駅の傍にある大きなお寺です。
新川は霊岸島内を東西に通っていた運河で、昭和に埋立てられこの島内の地名になりました。
なお、亀島は周辺の埋立前から東京湾に浮かんでいた小島の名前のようです。
H11b

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都営大江戸線月島駅

E16a 上の写真は月島区民センターの脇にある10番口からの清澄通りの北向きで、遠くに緑色の朝潮大橋の陸橋が見えますが、そこが初見橋交差点です。
その交差点からこちら向きに大江戸線ホームが、左右に有楽町線ホームがあり、改札口は交差点近くにあるので10番口からは長い地下道を歩きます。
通りの両側のビルは殆ど新築の大型マンションです。
月島は明治の、北側の佃島は江戸時代の埋立地で、初見橋はこの2つを結ぶ橋でしたが、今はその運河も埋立てられ交差点名になっています。
下の写真は横断歩道を左に渡って2つ目の裏通りの西仲通商店街です。この通りの両側にはもんじゃの店がずらりと並びます。日曜日の昼過ぎでどの店も賑わっていました。
月島もんじゃはすっかり有名になり、もんじゃを食べにここを訪れる観光客が増えているようです。
E16b

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都営大江戸線勝どき駅

E17b_2 上の写真はA1番口のある再開発高層ビルのサンスクエアの2階テラスからの南向きです。手前の通りが晴海通りで写真左の交差点の清澄通りの地下2階にホームがあります。
通りの向うの白塀の中で勝どき一丁目プロジェクト事業が進められています。
丁度1年前(2006/11)までここは東京最大の長屋の街でした。ここには1~3階に子育て支援施設、4~11階に子育て世帯向け住宅、12~45階に一般賃貸住宅のビルが建設されます。
遠くに見える高層ビル2棟は最近完成したばかりのマンションのTHE TOKYO TOWERで新月島川と朝潮運河のコーナーに建っています。
A1番口から100m北に進むと月島橋で、地名はこの橋の南が勝どき、北が月島です。
下の写真はこの橋からの東向きでボートが停泊している月島川の両岸は中層のマンションとアパートです。川の先の高層ビルは公団アパートを再開発した晴海のトリトンスクエアで、オフィスと商業施設と住宅の複合ビルです。
勝どき駅はそこの最寄駅なので、ラッシュ時には晴海通りの歩道は通勤客で溢れます。そのため晴海へ渡る黎明橋の横に専用歩道橋が新設されました。
E17a_2

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都営大江戸線築地市場駅

E18a 上の写真はT字路の広い交差点に面した築地市場正面入口で、左右の通りは新大橋通りです。この交差点から後方の地下2階にホームが延びており、大江戸線はこの築地市場の地下を通って隅田川を渡り隣の勝どき駅に至ります。
日曜日で市場は休みで車も少なくひっそりとしていますが平日は大混乱する場所です。同じ電車からは観光客のグループも下車しましたが、目的は日曜日も開いている店がある場外市場のようです。
写真左端が門番の守衛の詰め所でその左にA1番口があり、その200m左が場外市場への横丁の入口です。最近テレビのグルメ番組でよく取上げられるので一般客も訪れるようになりました。
下の写真は築地市場入口側からの新大橋通りで左の大きなビルは国立ガンセンターの病棟です。これに向き合うように左手には朝日新聞の新しいビルが建っています。この築地市場駅は日本を代表する市場と病院と新聞社の街で、各々にA1、A2、A3番口があります。
E18b

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都営大江戸線汐留駅

E19b 上の写真は10番口のある歩道で、右は住友ビル、左は高架のゆりかもめ駅です。ここは汐留シオサイトの南端です。写真のように周囲は超高層ビルと高架に覆われ歩道を歩く人など皆無です。
ここは地下1階に広いコンコースがあり、地上2階に立派な歩道デッキがあって地上は人が歩く場所ではありません。傍にあるゆりかもめと大江戸線の乗換用エレベータも1階は止まりません。
下の写真はゆりかもめ汐留駅の改札口がある歩道デッキからの北向きです。シオサイト内に張りめぐらされたガラス張りの2階の歩道デッキの上を、ゆりかもめの高架橋が新橋方向に伸びています。右のビルは東京汐留ビル、左は電通です。ここから向うへの高架橋の地下3階にホームがあり、向うの出口はシオサイト北端になります。
下は大きな交差点ですが車は走っていません。この道路はまだ工事中でここから左に虎ノ門までの地下トンネルの完成待ちです。これは終戦直後からの都市計画道路で、新橋駅南西の対象地区はビルが建てられず長く低層家屋の街並みでした。
地下トンネルにしてその上に高層ビルを建てることで決着し現在工事中です。これは環状第二号線新橋・虎ノ門地区市街地再開発事業と呼ばれています。
E19a 

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都営大江戸線大門駅

E20a JR浜松町へのB2番口を出るとJR高架線と並んだ新しい歩道橋があります。そこからの西向きが上の写真で、左のビルは2階テラスのある国際貿易センターで遠くに東京タワーもみえます。この下から次の大門交差点までの地下5階に大江戸線ホームが、大門交差点を左右(南北)に横切る地下1階に浅草線ホームがあります。
同じ歩道橋からの北東方向が下の写真で、京浜東北、山手、東海道、新幹線の線路が並んでいます。左端は歩道橋の先の文化放送、右方向はすぐJR駅です。線路の向うは左遠くの汐留シオサイトのオフィスビル群、中央のUR賃貸の高層マンション(アクティ汐留)、右の完成間近のオフィスビルの汐留ビルです。そのさらに右方には草木や花、自然とともに安らぎを感じる都会のオアシスの旧芝離宮恩賜庭園があります。これは江戸時代の紀州藩徳川家別邸の庭園がそのまま残されました。
E20b

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都営大江戸線赤羽橋駅

E21a 赤羽橋駅は東京タワーに一番近い駅で上の赤羽橋口はその最寄の出口です。上の写真はその前にある交差点の北向きです。この交差点は左右の外苑東通り、前後の桜田通り、ここから右斜めへの愛宕通りの5差路です。外苑東通りのここから左の地下2階がホームです。
一帯の緑の森は芝公園で、遠くの高層ビルは東京プリンスホテル、右方には西武堤義明氏の最後のプロジェクトのパークタワーホテルが間近に聳えています。
東京タワーへは正面のガソリンスタンドまで横断歩道を2つ渡って愛宕通りを進むとすぐ東京タワーの坂下の道にでます(下の写真)。ここまで来たので久しぶりに東京タワーに上ってみようと坂道をタワーの下まで上りました。日曜日でしたがまだ11時だったので大丈夫と思ったのですが、すでに1時間待ちであきらめました。半年前に来たときは午後でタワーの下はもっと人が溢れていました。
展望台の高さは145mで無料の都庁より低いのですが東京タワーの人気は衰えないようです。ちなみに先日、大阪の通天閣にも出かけましたが展望台は87.5mしかないのにやはり満員でした。超高層ビルの展望台よりタワーの展望台が好まれるようです。
E21b

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都営大江戸線麻布十番駅

E22b 上の写真は新一の橋交差点の南東の角からの西向きです。上部の高架は首都高一ノ橋Jctで、交差点の先から向うの地下6階に大江戸線ホームが、ここから左の地下3階に南北線のホームがあります。写真左の横断歩道の先の南西の角で大きなビルの建設中ですが、この裏手一帯が最近人気の麻布十番商店街です。
交差点を右(北)に行くと高台の麻布台の高級マンション地区です。写真中央の遠くの赤い高層ビルは六本木ヒルズです。
交差点の南東の角は一ノ橋Jctで囲まれた小さな公園です(下の写真)。ここは古川が直角に曲る場所です。写真左の高速は目黒線、右は浜崎橋Jctへの都心環状線でどちらも古川の上部を通ります。なお一之橋は写真左手にある江戸時代からの橋の名前です。
E22c

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都営浅草線西馬込駅

A1a 上の写真は西馬込駅南口の先の歩道橋からの北向きで、写真の横断歩道の右側に南口があり、1つ先の横断歩道の先の左側に西口があります。その間の地下3階がホームですが、一旦地下4階に下りてから何度も階段があって地上に出る複雑な地下構造になっています。
周辺は大田区北部の住宅地ですが、戦前のまだ武蔵野の面影が残っていた時代に、作家の住居が点在していてお互いに交流していたそうです。その関係から駅近くの住宅地に入る横丁には馬込文士村商店街のアーチが設けられています。
写真の場所からさらに南に行くと東側に浅草線の車庫を渡る長い歩道橋があります。下の写真はそこからの北向きです。左端の線路は地下の西馬込駅からの単線の入庫線で、右側は広い車庫になっています。この歩道橋を渡ると池上本門寺の裏手にでます。
浅草線は第二京浜をさらに南へ多摩川の畔の矢口まで延長する計画でしたが、結局この西馬込駅が終点になりました。
なお、この第二京浜はフランク永井のヒット曲「夜霧の第二国道」の舞台です。
A1b

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都営浅草線馬込駅

A2a 上の写真は馬込駅前交差点の北向きで横断歩道の左右にA3番口とA2番口があります。ここから後方の地下2階にホームがあります。交差点の左右はどちらも住宅街への細い道で商店街はありません。写真左のビルはビジネスホテルです。
下の写真は150m後方の松原陸橋の東向きで上の通りが第二京浜、下が環七通り、その地下を左右(南北)に浅草線が通っています。この左側の歩道のガード下にA1番口があり、地下1階の地下道で改札口につながっています。写真の左端には彫刻が置かれていますが、ここに階段があります。
2つの幹線道路をつなぐため円形の車道が歩道のガードの先(北東)と右手(南西)の角にあり、信号でどちら方向にも行ける簡便なインターチェンジになっています。これは戦前に造られた日本で最初のインターチェンジだそうです。なお、浅草線の開通は戦後の昭和の中頃で、都営最初の地下鉄です。
A2b

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都営浅草線中延駅

A3c 上の写真はA3番口のある大井町線の中延駅入口交差点の北向きです。ここから後方の地下に浅草線ホームが延びています。
正面の鉄橋は東急大井町線で、この交差点を左に入るとすぐ大井町線の中延駅です。この交差点を挟んで両側に商店街の通りがありますが、横断歩道を右に渡った通りは地下鉄中延東口商店街です。
左の大井町線中延駅のすぐ先にスキップロードと呼ばれる中延商店街があります。ここ昔からのアーケードのある賑やかな通りです(下の写真)。この通りは400m先の東急池上線の荏原中延駅まで続いています。
ここは大正時代は竹薮だったのが昭和の始めに大井町線と池上線の2つの駅が開通してから自然発生的に生まれたそうです。この通りでは夏に青森のねぶた祭りが行われています。
池上線、大井町線、目黒線(旧目蒲線)の東急沿線は駅前商店街の賑わう街が多いようです。
A3b

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都営浅草線戸越駅

A4a 上の写真は戸越銀座交差点の1つ南の横断歩道から北向きです。この右にA1番口が、車が停まっている交差点の左右にA2、A3番口があり、その間の道路下がホームです。
地名は通りの右が戸越、左が平塚で、道路沿いには高いビルが建ち並んでいます。これらは大半が1階が店舗のマンションです。
下の写真は交差点の両側に長く伸びる賑やかな戸越銀座商店街です。交差点の200m左に池上線の戸越銀座駅があります。
池上線は大正末期に池上本門寺への参詣客輸送用として造られました。当時の戸越、平塚はまだ田畑でしたが池上線ができた頃の関東大震災で、被災者が多数沿線に移住してきて今の住宅地になりました。それに伴いこの商店街も生まれました。
A4b 

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都営浅草線五反田駅

A5b 上の写真はA4番口からの山手線五反田駅ホームと桜田通りのガードです。ここから後方の地下1階にコンコース、地下2階が浅草線ホームです。
左手は広い駅前広場の東口です。山手線の向うに見える西口のビル群は1階に店舗や銀行があり東口より賑わっています。
東口はこの桜田通り沿いより、左方にある東急デパートが面した八ツ山通り沿いが賑わっています。
下の写真はガードの150m先にある目黒川の橋の上からの東向きです。どぶ川といわれたこの川もきれいになってきました。それにあわせ川沿いには次々と新しい高層マンションが建てられています。
正面の高架は山手線の上を越して都心へ乗入れる予定で造られた池上線です。都営浅草線建設時、池上線との直通運転が考えられましたが、工事の大変さから実現しなかったようです。
決局、東口の東急デパートの5階が終点のままになりました。
A5a

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都営浅草線高輪台駅

A6a 浅草線は泉岳寺駅の第一京浜から市街地を経て、第二京浜(桜田通)の高輪台交差点の地下に移動して高輪台駅です。上の写真は高輪台交差点の北向きです。右の地下鉄マークはA1番口でその向う隣では大型マンションの建設工事中です。A1番口の横に地下鉄のエレベータ工事の掲示がありました。
こちら隣もマンションを1つ挟んで大型マンションの建設工事中です。高輪台はマンション街です。
ここから横丁の路地を入ると曲がり角と坂と階段と行き止りの多い迷路のような場所です。下の写真は高級マンションが両側に建つ路地で、写真左上の白いビルは高輪プリンスホテルです。この一帯は戦前まで高貴な方々の邸宅でした。
路地を出て広いホテル敷地の壁沿いに坂を下ると品川駅西口です。
A6b

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都営浅草線泉岳寺駅

A7a 上の写真はT字路の泉岳寺交差点の南向きで、右に曲るとA2番口でその100m先が忠臣蔵で有名な泉岳寺です。ここから後方の地下2階にホームが延びています。この駅は品川駅への京急線と、高輪台駅への浅草線の分岐駅です。
道路左側に並ぶビル群の裏手には京浜東北線を挟んでJRの車庫が拡がっています。この第一京浜国道は江戸時代は海岸沿いの東海道でした。
明治5年に新橋~横浜間の鉄道が始めて開通したとき、新橋~品川間は用地が取得できず、海中に石を積み上げて線路が敷設されました。それが今の京浜東北線です。その後どんどん埋立てられ線路の向うに芝浦埠頭や大井埠頭ができました。
ここまで来たので泉岳寺にお参りしました。山門の左手には高い台座の上の大石内蔵助の銅像があります。山門を入ると本堂で左手は赤穂義士記念館と47義士のお墓です。夕暮れ時でしたがお参りの人が多く、線香の煙が今も絶えないようです(下の写真)。
A7b

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都営浅草線三田駅

A8a 上の写真は田町駅西口交差点南の大きな歩道橋からの新橋方向です。ここから向うへ浅草線ホームが延びています。
交差点の右手はJR田町駅の駅前広場で、歩道橋の右方向も橋上駅のJR駅につながっています。交差点を左に渡ると、慶応大学への通学路の慶応仲通商店街です。
右端の白いビルは地下にレストラン街のある森永プラザです。その2つ向隣の大きなビル前から左斜めに日比谷通りがあり、その地下に三田線ホームが浅草線ホームと突合せの形になっています。
歩道橋を左に下りると繁華街の通り(下の写真)で、ここにホーム南端のA2番口があります。この通りも慶応大学への通学路の1つになっています。
A8b

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都営浅草線大門駅

A8c  上の写真は大門交差点の東方向で、この左右の地下1階が浅草線ホームで、地下3階がコンコース、ここから向こうへの地下5階が大江戸線ホームです。写真右手の黒い高層ビルは世界貿易センタービルで、その向う隣には東京モノレール浜松町駅を挟んで、JR浜松町駅があります。
世界貿易センタービルは昭和の中頃、都バスの車庫跡にモノレール駅と併せて造られた初期の高層ビルです。その関係で南側には高速バスのバスターミナルもあります。
下の写真は交差点の後方150mにある、駅名の由来の増上寺の大門です。車道の先に見える門は三門、その上に飛び出した瓦屋根が増上寺本殿です。東京では珍しくなった瓦屋根が3つ並んでいます。
写真右上には東京タワーも見えます。この車道は三門前の日比谷通りまでです。
A9b

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都営浅草線新橋駅

A10e 東銀座駅から隣の新橋駅まで歩いて見ました。途中の銀座八丁目にエスカレータ付の大きな歩道橋があります。上の写真はそこからの南向きです。
正面は汐留シオサイトの高層ビル群で、右は高層ホテルの三井ガーデンです。ビル間に東京高速道路も見えます。浅草線はこの直下の昭和通りから、右と左へのS字カーブで第一京浜に移動します。
下の写真は第一京浜をまたぐ3階のゆりかもめ駅と2階のコンコースで、左はシオサイト、右はJR駅前ビルです。この通りの地下2階にホームがあります。地下1階は広いコンコースでシオサイトにつながっています。
シオサイトは地下と地上の区別のつかない新しい都市空間で初めてだと戸惑いますが、以前からのJR駅前ビルの地下1階は昼間は食事のできる飲み屋街になっています。
たいてい外食チエーン店で昼食をとりますが見当たらなかったので、この中の一番どりの提灯のかかった店で親子丼を食べました。やはりその場で調理人が作ってくれる親子丼の味は本物でした。
A10c

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都営浅草線東銀座駅

A11c_2 上の写真は三原橋交差点の東向きで、この交差点の左右の地下1階は昭和通のアンダーパスの車道、地下2階が浅草線ホーム、交差点の先から向うへの地下3階に日比谷線ホームがあります。
写真中央は東銀座のシンボルの歌舞伎座です。この辺りは昔は木挽町と呼ばれた土地で、芝居小屋などの多い繁華街だったようです。歌舞伎座のあるブロックには今も昔風の一杯飲み屋が残っています。
下の写真は同じ交差点の西向きで、この2つ先の信号は銀座四丁目です。横断歩道の先の角は和風の小物を扱う店で、その左にかまぼこ型の小さな小屋があります。その裏側はパチンコ屋です。
右の角の先に螺旋状に横張りを貼り付けた変なビルができました。この向こう隣で大型ビルの建設が始まりました。
A11d

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都営浅草線宝町駅

A12c 日本橋駅から二つ目の交差点のアンダーパスの下に宝町駅ホームがあります。上の写真はその北の歩道橋からのものですが、通りの両側にはビルが建ち並びます。左の高層ビルは兼松、右の交差点の角は中央信金です。
オフィスビルばかりなので歩道沿いには店舗が殆どありません。裏通りに回るとお昼時だったので弁当売りのミニバンに人が群がっていました。
歩道橋を左(東)に下りて横丁を進むとすぐ、橋の両側をミニ公園にした宝橋です(下の写真)。柿の木には実がたくさんついています。この橋は半地下の首都高の陸橋で、左上の高架は銀座への東京高速道路への車道です。
ここの首都高は江戸時代からの運河の楓川を埋立てたものですが、当時の川沿いは楓川に材木を浮かべて商う材木商人の街だったようです。
なお宝町はおめでたい名ですが、江戸、明治ではなく昭和のある時期に使われた地名のようで、今は宝橋の西は京橋、東は八丁堀です。
A12d

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都営浅草線日本橋駅

A13b 上の写真は昭和通に架かる江戸橋南の歩道橋からの南向きで、交差点のアンダーパスの下の地下2階に浅草線ホームがあり、そこから右への地下3階の地下道を挟んで東西線ホームがあります。
新橋まで続くこの昭和通りは関東大震災後の復興事業として昭和の初期に建設されました。ここから新橋までの交差点はすべてアンダーパスの立体交差ですが、浅草線建設工事と併せて実施されたと思われます。その時地下駐車場も整備されました。
下の写真は同じ歩道橋からの反対の北向きで、高架は日本橋川の上を通る首都高都心環状線で、この下に江戸橋があります。このすぐ右手は江戸橋Jctで、そこでは上空で高速道が複雑に入組んでいます。
数年前中央通りの日本橋上部を覆う高速道の地下化が話題になりましたが、一つ下流のこの橋も対象になります。
日本橋地区では買物客のために東京駅からこの地区を巡廻する無料バスを運行していますが、そのバスには高速道地下化を要望する車体広告がされていました。
A13a

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都営浅草線人形町駅

A14a_2 上の写真は金座通りの人形町交差点の浅草方向です。ここから右の地下1階に日比谷線ホームが、この前後の地下2階に浅草線ホームがあります。
左角は1階にバリアフリーのA5番口のある新しいオフィスビル、右角は店舗が並ぶブロックです。通りの右側の一部を閉鎖して地下鉄のエレベータ新設工事中でした。裏通りではシャッターを閉じた店もありここも変わるようです。その向うに高層マンションが見えます。
江戸時代に金貨の鋳造場所があったことから金座通りの名称になっていますが、当時は銀貨の鋳造場所があった今の銀座より、繁華街として栄えていました。多くの芝居小屋やお茶屋があったそうです。
交差点を右に進むと名前が粋な甘酒横丁(下の写真)です。写真右上に「明治座 これより先300m」の標識があります。通りには老舗の料理屋や和菓子店があり、明治座を訪れる女性客などが立ち寄る場所かも知れません。通り沿いには飲み屋は見受けられませんでした。
A14b_2 

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