東武亀戸線 亀戸駅東の踏切

Kameido1 亀戸水神駅の次は終点の亀戸駅でJR総武線亀戸駅の一隅にあります。その200m東に上の写真の踏切があります。
踏切の先は草むらの土手の総武線で、そこに歩道用のトンネルがあり総武線の南側に抜けられます。土手の向うのビル群は京葉道路沿いの高層マンションです。
トンネルの出口はビル群の裏手になり、その総武線沿いに路地があります。
下の写真はその路地の中にある亀戸駅東口です。上空の高架橋は総武線をまたぐ越中島貨物線です。
駅前のビルを抜けると広い京葉道路で、道路を渡ると新しいショッピングモールのサンストリートがあります。これはセイコー亀戸工場の跡地に造られました。
総武線の北側には昔からの賑やかな亀戸中央通り商店街があり、この踏切は総武線の南北の街をむすぶ大事な踏切になっています。
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東武亀戸線 亀戸水神駅の踏切

Suisin1 東あずま駅から電車は大きく右に回りながら北十間川を渡って亀戸水神駅に着きます。北十間川が墨田区と江東区の境で、地名は江東区亀戸5で総武線亀戸駅と同じです。亀戸は1~9まである広い範囲の地名になっています。
上の写真は亀戸水神駅前の踏切で、通りの先はすぐ広い丸八通で、横断歩道の先は大きな亀戸中央公園です。総武線で旧中川の鉄橋を渡る時、電車の窓から両側に見える公園です。
踏切の通りを逆に進むと2~3分で5差路があり、その角に交番と並んで小さな亀戸水神宮があります(写真下)。その左側が水神通りで、さらに5分先に水神小学校があります。
境内に由来を記した木板がありそこには江戸時代にこの地に水田を開拓したときに、土地の人達が水害や旱魃の被害がおこらないよう水神に祈願するために祀られたそうです。
亀戸中央公園は昭和55年に開園したまだ新しい公園で、新潟県に移転した日立亀戸工場の跡地です。日立は大正時代に鉱山会社の設備の修理部門から独立した会社で、茨城県の日立工場と亀戸工場の2工場で発足しました。本社は亀戸工場にありました。
中央公園の規模から日立亀戸工場の大きさが想定できますが、亀戸水神駅はその従業員の通勤の最寄駅で、その時代は水神通りは商店街として栄えていたのでしょう。
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東武亀戸線 東あずま駅の踏切

Azuma1 小村井駅の次は東あずま駅です。あずま(吾妻村)は昔の地名で今は墨田区立花です。上の写真は線路沿いの大通りの丸八通りに面した東あずま駅の左の踏切で、カーブしている踏切の先の通りの左は店舗のマンションで、スーパーやいろんな店が並んでいます。
その左奥には大きな公団の立花団地と2つの小学校が、北十間川まで続いています。
この一画は戦前は綿織物を造る東京キャラコという大きな工場のあった場所です。
下の写真は少し西の北十間川の写真で、川の北沿いに左から都営文花団地、オリンピック、花王工場と並び、その先に一区画おいて立花団地があります。
都営文花団地とオリンピックは毛織物を造る東京モスリンの工場跡地です。
江戸時代初期に掘られたという北十間川の水運が利用できることから、明治、大正時代はここは工場地帯でした。しかし昭和初期の大恐慌で紡績産業は衰退し、戦後は団地などに生まれ変わりました。そして小さな石鹸工場からスタートした花王だけが、さらに急成長し誰もが知っている大企業になりました。
キャラコとモスリンは合併して合理化を進めましたが、今は大東紡という中堅のアパレルの会社になっています。
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東武亀戸線 小村井駅東の明治通踏切

Omurai1 始発駅の曳舟駅の隣は小村井(おむらい)駅です。駅名は昔の地名ですが今は墨田区文花といいます。上の写真は駅の東側の明治通りの踏切で、その左に小さな駅が見えます。
明治通りは東京の環状6号線の幹線道路で、途中で数多くの鉄道と交差しますが踏切があるのはここと、1.2km北の京成曳舟駅横の2箇所だけです。
しかしこの踏切の渋滞はあまりありません。踏切には道路信号がついており、踏切の入口は横断歩道になっています。電車と一緒に自転車が2台渡っています。
江東、墨田区内の明治通りは、この1.5km南の亀戸駅前と京葉道路の交差点と北の京成曳舟駅踏切の方が交通のネックになり、またこの周囲に他にも広い道があるのでここは車が比較的スイスイ走れる街のようです。そのかわり電車で行って駅で降りても、散歩で回って見たくなる場所のない街でもあります。
下の写真は駅の西側の中居堀通りの踏切ですが、踏切の先ではマンションの工事中です。小村井駅周辺はマンションの街になっていくようです。
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東武亀戸線 京島の踏切

Kyojima1 曳舟~亀戸駅間の亀戸線は東武伊勢崎線を、両国から隅田川を渡って都心に乗り入れる目的で明治末期に開業した。当時の沿線は一帯が農地で途中駅は1つだけだったが、大正12年の関東大震災で被災者が移り住むようになり、昭和3年に多くの駅が造られた。
曳舟~小村井駅間には今はない3つの駅があったが、上の写真はその中間の踏切からの小村井駅方向の写真で、たくさんの踏切が写っている。
写真の線路の右側は押上、左側は京島の街で、どちらも細い路地が入組んだ下町である。幸い戦争の被害が少なかったためさらに人が移り住み、戦後の一時期に人口密度が日本最大といわれた場所である。しかし途中駅の虎橋通、北十間通、天神の3つの駅は空襲で廃止されたという。
下の写真は京島の中心になるキラキラ橘銀座通りの踏切の写真で、ここから北500mの明治通りまで賑やかな下町の商店街が続いている。
最近の昭和のレトロ人気で京島の商店街や路地裏がテレビやインターネットでよく紹介されるようになった。
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東武東上線 成増駅西の踏切

Narimasu2 下赤塚駅の次は東京都の北端の成増駅です。東武池袋発の各駅停車の終着駅で、急行の最初の停車駅で、また東武東上線で池袋に次いで利用者の多い駅でもあります。
駅周辺は起伏の多い地形です。駅は橋上駅ですが、南口はそのまま地平になります。そこから西の商店街は下り坂で途中で右折すると上の写真の踏切です。100m先にもう1つ踏切があります。踏切を渡って線路沿いの駅北口へもまだ下り坂で、結局北口では駅は3階の高架になります。
南口の南100mの川越街道の地下には地下鉄成増駅があり、この間の南口一帯が賑やかな繁華街になっています。その西の一角にダイエーの主力店があります。
線路の北側は住宅地ですが、繁華街と住宅地をつなぐ前述の2つの踏切は歩行者と自転車の多い踏切になっています。
最近、北口側にもホール、図書館などの公共施設と商業施設が一体になった再開発ビルが2棟でき、駅前広場もできました(下の写真)。しかしまだ南口のごちゃごちゃした賑わいには及ばないようです。
成増駅の次は埼玉県の和光駅でここからメトロ有楽町線との高架複々線となり、有楽町線の始発駅の志木駅まで踏切はありません。
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東武東上線 下赤塚駅東の踏切

Akatuka1 東武練馬駅の次の駅は下赤塚駅です。ここは駅ができたときの地名の下赤塚村が駅名になりました。駅の北1kmに室町時代の古城の赤塚城跡があり今は公園になっています。
上の写真の踏切は赤塚公園方向への赤塚銀座商店街の通りです。踏切を渡ってすぐの左のビルの脇に駅北口への廊下のような通路があります。
北口駅前から細い路地が延びており、ここには市場のような商店街があります。その中に東京で一番安売りの衣料品の店として近隣では有名な「のとや」本店があります。
下の写真は「のとや」の店先で商品が山のように積み上げられています。店は2階建てで店内は所狭しと商品があふれています。平日の日中でしたが店内では多くの客が商品を物色中でした。せっかく来たので私もTシャツ、ベルト、野球帽などを購入しました。
逆側の駅南口の100m南に幹線道路の川越街道があり、その地下にメトロ有楽町線の地下鉄赤塚駅があります。この川越街道沿いはビルが建ち、コンビニやファミレスなどの新しい店ができてきています。
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東武東上線 東武練馬駅西側の踏切

Tnerima2 東武東上線の東武練馬駅は、駅の南側は練馬区の北のはずれの北町、北側が板橋区徳丸です。本来は駅名を徳丸とすべきだったのでしょうが、昔の徳丸は一帯が丘陵地帯の畑で無名だったので、東武が今の名前にしたそうです。
徳丸の畑はどんどんつぶされ、マンションや住宅地に開発されてきました。そして駅の北側にあった工場が立ち退き、跡地に5階建ての大きなサティができました。上の写真は駅南口からの踏切ごしのサティです。
サティの5階にはシネコンとレストランもあり、徳丸の新住民はわざわざ池袋まで行かなくても、買い物だけでなく映画と食事も楽しめるようになっています。
駅の南側には線路と並行して旧川越街道があり、この通り沿いに昔からの北一商店街があります。駅南口には商店街につながる東武ストアのビルもありますが、最近はサティにおされ気味のようです。下の写真は北一商店街です。
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押上の東武線踏切

osiage1 押上に第2東京タワー(すみだタワー)の建設が決まった。NHKと民放の地上デジタル放送用の電波塔で、東京タワーの約2倍の600m級の世界一の高さがあり、2010年の完成を目指すという。上の写真は高架の東武業平橋駅ホームからの建設予定地のターミナルの跡地で、一部生コン工場もまだ残っているが一帯が再開発されることになり、そのシンボルがすみだタワーなのである。
線路の左側には東武の車庫があり、それとの接続のため線路は地平に降りて、次の曳舟駅で再度高架になる。
下の写真は線路が地平になった場所にある桜橋通りの踏切で左の更地も再開発用である。この踏切の先の右手の地下1階に都営浅草線の押上駅が、地下2階にメトロ半蔵門線の押上駅があり、地上は更地で何もないように見えるが地下構造は複雑になっている。そしてそれぞれ京成線、東武線と直通運転しており、この踏切の地下を通っている。
この辺りは浅草に近いので昔は栄えた向島地区だが、浅草の土地が狭くて東武も京成もここをターミナルにしていた時代があった。そのターミナルの跡地が時代が替わり、すみだタワーの建設で再生されることになったのである。
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川越駅北の踏切

kawagoe 写真はJRと東武の川越駅北の踏切で、その上に交差するかたちで大きな歩道橋がかかっている。これは橋上駅の川越駅の東口デッキからアトレのビルを通ってつながっており、歩道橋の先には大きな駐輪場がある。
踏切は中心街と逆方向の南西向きの一方通行で、さらにその先に西武線の踏切もある。
川越市は小江戸と呼ばれ、東京にはなくなった江戸の町並みを観光のポイントにしている。蔵造りゾーン、博物館ゾーン、喜多院ゾーンの3箇所が見所になっているが、いずれも市の北寄りにある。いろんな面白い店もあり、観光は徒歩で回ることになる。特に蔵造りゾーンは車やバス、さらには人力車も通る道なので、車の抑制が必要である。
関越道の川越インターにつながる国道16号は市の南側を通っているが、中心街との間にJR線、東武線、西武線があり、これが適度に街を分離しているようだ。
下の写真は蔵造りゾーン。
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